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香港・新界の公営住宅で起きた大規模火災の死者が128人に達し、市内は深い喪に包まれている。そのさなか、この火災を巡り政府に独立した調査機関の設置などを求めるオンライン署名を呼びかけた20代の大学生が、11月29日に国家安全当局に逮捕された。住民の安全を問う声が「扇動」とされる事態は、悲しみの街に新たな不安を広げている。
被災者の怒りと、署名することへのためらい
火災が起きたのは11月26日、香港北部・大埔区の高層住宅群「宏福苑」だ。改修工事で足場や外壁が可燃性の資材に覆われていたとされ、七棟が炎上し、行方不明者を含め甚大な被害となった。政府は三日間の服喪を宣言し、体育館や学校には遺族と避難した住民が集まり、支援物資が積み上がっている。
そうした会場の外で、住民や市民が頼みの綱としたのが、インターネット上の請願だ。署名の呼びかけは、火災の原因究明を第三者に委ねる委員会の設置、改修工事を巡る汚職疑惑の調査、被災者の恒久的な住まいの確保など四つの要求を掲げた。短期間で1万件を超える賛同が集まり、同様の請願も次々と立ち上がった。
しかし請願の発起人とされる若者が治安当局に連行されたことで、空気は一変した。署名サイト上の元のページは閉鎖され、SNSでは「名前を出して意見を述べるのが怖くなった」「被災地のための声すら危険なのか」といった書き込みが相次ぐ。避難所を取材した香港メディアのインタビューでは、高齢の住民が、今後は行政への苦情を口頭で伝えることさえためらうと打ち明けている。
当局が「扇動」とみなしたラインはどこか
香港警察の国家安全部は、この請願活動が「憎悪をあおり、社会秩序を乱すおそれがある」として、発起人の大学生を扇動罪の疑いで拘束したと報じられている。正式な起訴内容は明らかでないが、火災を巡る政府の責任を厳しく問う表現そのものが、国家安全を脅かす行為と結びつけられた格好だ。中国本土の当局も「災害を利用した攪乱は厳罰に処する」と警告を発している。
香港では2020年の国家安全維持法施行後も、植民地時代の刑事条例に残された「扇動」条項が再び使われ始めた。さらに今年制定された「国家安全条例」では、インターネット上での文書や投稿について「扇動的な意図をもって公表した」と認定されれば、初犯でも最長7年の禁錮刑を科しうると定めている。近年は政府や司法への不信をあらわにするメッセージや、選挙での棄権を呼びかける投稿などに適用されてきた。
一方、火災そのものについては、可燃性の足場ネットや断熱材を使ったとして工事関係者やコンサル会社の幹部ら十数人が相次いで拘束されている。刑事責任の追及と並行して、市民側からは制度や監督のあり方を検証する独立調査が求められているが、その声の代表格が「扇動」と処理されたことで、事故原因を社会全体で検証するプロセスが細りかねないとの懸念が広がる。
災害と表現の自由、信頼をどう築くか
大規模災害の後に独立した調査委員会を設けること自体は、国際的に特異な要求ではない。英国の高層住宅火災や韓国の船舶事故などでは、原因究明と再発防止策を示す公開調査が、長年失われた行政への信頼を少しずつ取り戻す手段として機能してきた。厳しい追及は当局にとって耳の痛い過程だが、それを許容することが安全対策の底上げにもつながる。
高層住宅が密集し、改修工事も頻繁な香港では、住民が危険な足場や資材に気づいた時点で早く声を上げることが、次の悲劇を防ぐ鍵となる。だが、火災への不安や怒りを共有する行為そのものに刑事リスクが伴うなら、人々は沈黙を選び、危険が可視化されにくくなる。安全を守るはずの法制度が、逆にリスク情報の流通を細らせてしまうおそれがある。
日本を含む多くの社会でも、大規模事故を経るたびに、責任追及と分断、そして和解のプロセスをどう設計するかが問われ続けてきた。香港の火災と逮捕劇は、災害時こそ、市民が安心して疑問や疑念を口にできる環境を維持できるのかという、普遍的な課題を突きつけている。
