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香港北部・新界地区の大埔にある高層住宅団地「宏福苑（Wang Fuk Court）」の火災で、死者は少なくとも94人となった。香港では数十年で最悪の住宅火災だ。26日午後に発生した火は1日以上燃え続け、28日未明にようやくほぼ鎮圧され、同日夜には鎮火と捜索終了が見込まれている。避難所に散った住民の前には、老朽高層住宅の改修に潜むリスクと、誰がその負担を引き受けるのかという問いが突きつけられている。
避難先で続く不安、高層団地の住民に何が起きたか
宏福苑は8棟が林立する大規模な高層団地で、これまでも多くの家族が暮らしてきた。今回の火災では7棟に炎が広がり、多くの住民が一晩中避難を余儀なくされた。香港政府によれば少なくとも70人以上が負傷し、約900人が学校や体育館の一時避難所で寝泊まりを続けている。仕事や通学の再開が見通せない世帯も少なくない。
避難所では子ども連れの家族や高齢者が簡易ベッドに横並びで眠り、団地に戻れるのか分からないままニュース映像を見つめている。香港の高層住宅では改修工事中も住民が暮らし続けることが多いが、今回は足場や養生ネットが炎の通り道となり、当たり前だった「工事のある暮らし」が一瞬で命の危険に変わった。
日本を含む多くの都市でも、老朽化した団地の大規模改修と居住継続をどう両立させるかが課題になっている。大埔の火災は、住民の生活を守りながら工事を進める前提そのものを見直す必要があるのではないかという不安を、アジア各地の高層住宅に暮らす人々に共有させる出来事となった。
改修工事と安全基準、なぜ炎はここまで広がったのか
火災当時、宏福苑では外壁の改修工事が行われ、建物全体が竹製の足場と緑色のネットで覆われていた。各紙の報道によれば、窓まわりに可燃性の発泡素材が使われていた疑いもあり、外側から燃え上がった炎が足場とネットを伝って隣接棟へ一気に広がったとみられている。古い建物でスプリンクラーなどの設備が十分でなかったことも、被害拡大の一因とされる。
香港警察は改修工事を請け負っていたとされる建設会社の取締役2人と技術コンサルタントの計3人を、過失致死に相当する疑いで逮捕した。安全性の低い素材を採用した経緯や、現場でどのような防火対策が取られていたのかが焦点だ。李家超行政長官は公共住宅の改修工事を一斉点検するよう指示し、汚職防止委員会も契約手続きに不正がなかったか調査を始めている。
改修中の高層住宅で火災が拡大した例としては、英国ロンドンのグレンフェル・タワー火災が知られる。あのときも外装材の可燃性や監督の甘さが大きな問題となった。大埔の火災は、材料の選定だけでなく、誰が工事計画をチェックし、危険が指摘されたときに止める権限を持つのかという、都市のガバナンスの弱点をあらためて露呈させたと言える。
老朽高層社会の分岐点、誰がリスクと負担を背負うのか
焼け残った棟に住んでいた人々は、自宅に戻れるのか、それとも建て替えや長期転居を迫られるのか、先の見えない日々を過ごしている。損害賠償の行方も含め、住民、建設会社、政府のあいだでどのように責任と費用を分担するのかは、今後長く続く交渉のテーマになるだろう。
香港には1980年代に建てられた高層団地が多く、同様の大規模改修を控える住宅は少なくない。居住を続けたまま足場に覆われた団地で暮らすことは、コストを抑えつつ工期を短縮する利点がある一方で、今回のような最悪の事態が起きたときのリスクは住民が直接負う構図になりがちだ。高齢化が進む中で、長期の立ち退きに耐えられない世帯も多い。
アジア各地には同じような高層団地が林立し、日本でも老朽マンションの建て替えや耐震改修が議論になっている。大埔の火災は、改修の必要性を認めつつも、住民の安全と負担、工事費や工期をどう配分するのかという世界共通の難題を突きつけた。黒くそびえる塔の輪郭は、老朽高層社会がどの方向へ進むのか、私たちに静かに問いかけている。
