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港に湿った風が吹いた。かつて地中海で飛行甲板を焦がした軽空母「ジュゼッペ・ガリバルディ」が、いまインドネシアの海を見据えていると伝えられたからだ。2025年9月20日、国家開発企画庁が同艦の取得に向けた資金調達計画を承認したとの報が浮上した。計画が動けば、東南アジアで「空母運用」という難題に真正面から向き合う扉が開く。誰に有利で、偶然か必然か。問いが波のように広がっている。
古参空母に再び灯る明かり
甲板に刻まれた無数のタイヤ痕が歳月を物語る。同艦は1980年代半ばに就役し、イタリア海軍のシンボルとして約40年を走り抜けた。2024年に退役し、世代交代の象徴として後継艦にバトンを渡したとされるが、ここへ来て第二の人生が話題に上った格好だ。現時点で確認されている範囲では、9月20日にインドネシアの国家開発企画庁が資金調達計画の承認に踏み切ったとする報道が示された。
報道各社の伝えるところでは、取得対象は艦本体だけでなく運用に必要な機器や支援も含むとみられる。長く外洋で鍛えられた船体は、改修を前提にすればまだ息を吹き返す余地があるとの見立てがある。イタリアの造船大手が提示するメニューは、機関整備から飛行甲板の補修、指揮・センサー群の刷新まで幅広い。退役艦の蘇生は容易ではないが、部材とノウハウは揃い得ると映る。
一方で、政府の正式発表や契約の最終化は確認されていない。艦の処分方針は供与国の判断と輸出管理に左右され、受け入れ国側でも財政・法手続きが並走する。今回の動きは「前段の承認」であり、最終合意までの距離はまだあるとみるのが妥当だろう。だが、空母級艦の取得に踏み込みうる政治判断が示された意味は小さくない。
価格と改修、数字が語る重み
資金の上限として示されたのは最大4億5000万ドル規模と報じられている。艦の引き渡し、必要部材、運用立ち上げの費用をひとまとめにした枠とみられ、分解すればドック入りの改修、予備品、クルー訓練、海自・空自に相当する各機関との調整コストが現実味を帯びる。退役艦の再生は「安さ」だけでは測れず、運用開始までの時間と不確実性が常につきまとう。
建造元でもある造船会社は、適切な改修を施せば15〜20年の追加運用が可能だと説明してきた経緯がある。たとえば推進・発電系のオーバーホール、飛行甲板の耐熱・耐摩耗改修、C4Iの刷新、艦内動線の再設計などだ。どこまで手を入れるかで費用も工期も跳ね上がる。予算上限をにらみながら段階的に手当てする選択肢も現実的で、まずは安全航行と甲板運用の再立ち上げに資源を寄せる設計が見えてくる。
さらに、艦載ヘリコプターの新規調達に対しては2億5000万ドルの資金調達が別枠で承認されたとされる。対潜・警戒・輸送の三つの任務を回すなら、整備サイクルと搭載数のバランスが肝になる。機体の標準化で整備を楽にするのか、任務ごとに最適化して能力を上げるのか。数字は選択の重さを語る。どの機体を選ぶにせよ、訓練と保全体制への先行投資は避けられない。
艦載機は変わる、運用思想も変わる
イタリア海軍時代の主力は固定翼のAV-8B「ハリアーII」だったが、インドネシア側は同機の採用を検討していないと伝えられている。代わりに、トルコ製の艦載無人機「バイラクタルTB3」を組み合わせる構想が浮上している。折りたたみ翼と短距離離発着に対応した設計のTB3なら、甲板サイズとエレベーター能力の制約をかわしながら偵察・打撃の運用を積み上げられる可能性がある。
有人STOVL機を使わない決断は、艦の素性と海軍の現在地を映す。乗員の育成、空母運用の作法、デッキクルーの安全基準など、ゼロから積み上げるなら無人機で段階的に拡張する道は合理的だ。甲板運用のテンポを上げすぎれば事故は起きる。まずは飛行甲板の「流れ」を作り、ヘリとUAVで任務を回し、必要に応じて将来の固定翼機運用に拡張する。そんなロードマップが透けて見える。
もちろん、UAV中心の艦は「空母」というより洋上航空基地に近い。対潜ヘリで海峡の門番を務め、TB3級で海上監視と限定的な打撃を担う。空戦の制空を取る艦隊航空ではなく、グレーゾーン対応と周辺海域の抑止を厚くする道だ。兵器の選択は思想の選択でもある。誰のどの脅威に備えるのか、艦の姿はその答えになる。
地域に広がる波紋と未確定要素
仮に計画が動き出せば、東南アジアの海図は静かに塗り替わる。災害対応や非戦闘員退避、離島補給の信頼性が上がる一方で、周辺国は海空域でのプレゼンス拡大と受け止めるだろう。演習の相手は誰になるのか。同盟・準同盟との相互運用性はどこまで深まるのか。艦は単なる装備ではなく、外交と嚇止のメッセージでもある。
未確定要素も多い。売却側の最終判断、装備輸出の許可、改修の仕様取り決め、乗員の長期訓練枠の確保、そして何より予算の裏付けだ。Aは迅速な合意の可能性を伝えたが、Bは財政当局の精査が続くと報じる局面もあり得る。現時点で確認されている範囲では、承認の一報が先行し、詳細はなお交渉過程にある。偶然の噂ではなく、積み上げの結果として艦が港を離れるのか。次の一報が試金石になる。
