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秋晴れの光が官邸のガラス面を淡く照らしていた。政府は2025年11月4日、経済政策の新たな司令塔「日本成長戦略本部」を立ち上げ、造船や防衛産業を含む17の戦略分野に照準を合わせた重点投資に踏み出した。狙いは「バラマキ」ではなく、戦略的な財政出動で供給構造を鍛え直すことだ。分野ごとに担当閣僚を置き、来夏までに新たな成長戦略をまとめる方針が示された。
17分野に投資の照準
初会合では、国力に直結する基盤を選び抜き、官民の投資を集中的に流し込む姿勢が前面に出た。現時点で確認されている範囲では、人工知能(AI)・半導体、デジタル・サイバーセキュリティー、造船、防衛産業、核融合(フュージョンエネルギー)、航空・宇宙、重要鉱物などが柱に並ぶ。景気対策の単発ではなく、供給網の再設計と産業人材の厚みづくりを同時に進める青写真が浮かぶ。
造船を戦略分野に据える背景には、老朽船の更新需要や海上物流の安全保障化がある。2025年10月28日の首脳会談に関し、日米で業界復興へ協力を進める動きが報じられており、国際連携をテコに国内の造船技術と生産能力を立て直す狙いもうかがえる。防衛産業では無人機やセンサーなどの先端技術の採用が進み、民生と軍需の相互波及が成長の起点になるとみられる。
フュージョンは「夢のエネルギー」とされるが、産業化の起点をどこに置くかが肝になる。部材、真空容器、レーザー、制御系といった周辺産業の厚みをどう育てるか。AIや半導体との相互強化を含め、技術の複合効果を投資で引き出せるかが問われる。政府は分野別の投資促進策や規制見直しの具体化とあわせ、成長率への寄与度も算出する方針で、数字に裏打ちされた実行計画が鍵となる。
司令塔の体制とロードマップ
本部長は高市首相、副本部長は木原稔官房長官と城内実経済財政担当相が務める。経済再生の司令塔を明確化し、縦割りを越えて判断を素早く回す設計だ。首相は分野ごとに担当閣僚を指名し、単年度主義を超えた複数年度の予算措置を前提に官民の資金を呼び込むよう指示したとされる。既存の会議体を整理し、意思決定のルートを一本化することで、実装までの時間を縮める狙いと映る。
各担当閣僚には、投資内容や目標額、時期を明確にした「官民投資ロードマップ」の策定が求められる。研究開発から量産、保守・運用までの工程を時間軸でつなぎ、税制や補助、規制の適用タイミングを同期させる発想だ。政府調達の予見可能性を高め、民間の投資判断を後押しすることも重視する。特に防衛装備やサイバーセキュリティーでは、調達の継続性が企業の設備投資と人材確保を左右する。
また、スタートアップや人材育成、標準化や知財といった分野横断の課題も、個別分野の投資計画に織り込まれる見通しだ。知の循環をつくる大学・研究機関との連携、海外規制との整合、国際ルールメイキングの主導など、外に開いた設計が求められる。短期の需要創出と中長期の競争力強化を両立させることが、この司令塔の手腕を測る試金石になるだろう。
供給構造の転換が狙うもの
首相は供給構造の強化によって事業収益と所得の底上げを図り、「税率を上げずとも税収を増やす」好循環を目標に掲げる考えを示してきた。危機に備える「危機管理投資」と、強みを伸ばす「成長投資」を二本柱とし、投資が賃上げと生産性の上昇につながる道筋を明確にすることが要諦だ。財政出動の質を高め、将来の税基盤を広げる挑戦といえる。
経済産業省はこれまで、投資と賃上げが牽引する2040年の産業構造像を提示し、国内投資の持続的拡大が賃金や付加価値を押し上げるシナリオを描いてきた。今回の本部発足は、そうした中長期ビジョンを実行段階に移す装置として意味を持つ。鍵は、研究開発やソフトウェア、人への投資を次世代型の「賢い投資」として積み上げ、民間のリスクテイクを誘発できるかどうかにある。
会議室に響く紙を繰る音は静かだが、数字の裏にある現場はせわしない。造船所のドック、クリーンルームのライン、試験炉の制御室。投資の意思決定が、いつ、どこで、どれほどの生産性と賃金の伸びに結び付くのか。成長の足音を確かなものにするために、計画の速さと厚みがこれから試される。
