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秋風が草を渡る釧路湿原の縁で、重機の音が止まっている。北海道は10月28日、湿原周辺で進む大規模太陽光発電所の建設を巡り、事業者の日本エコロジー（大阪市中央区）に対し、土壌調査の結果が判明するまで工事を再開しないよう行政指導したと明らかにした。再調査の行方が、自然保全と再エネ推進の折り合いを問う局面を映している。
止まった重機、湿原の縁で何が起きているか
工事は3月17日に着工したが、道と釧路市が8月29日に実施した現地調査の際、着工30日前までに必要とされる届け出が出ていなかったことが事業者とのやりとりで判明した。道は速やかな届け出と現地の土壌調査を求め、手続きの是正を促してきた経緯がある。湿原の外縁で進む造成は、いま静止線の内側に置かれている。
道の説明によれば、土壌汚染対策法に基づき、0.3ヘクタール以上の工事には事前の届け出が求められるとされる。湿原の周縁で大規模な造成が進む以上、土壌の状態を把握し、有害物質の拡散を防ぐことが最低限の前提となる。行政の視線はそこに注がれていると映り、拙速な再開を避ける判断がにじむ。
日本エコロジーからは10月3日に土壌調査の報告書が提出されたものの、道環境生活部は内容が不十分で土壌汚染の有無が判断できないとして同日付で再調査を指示した。10月22日付の行政指導では、再調査の結果が判明するまで工事を再開しないよう求め、同社は指導に応じている。現場は再調査待ちの静けさに包まれている。
法の線引きと、地域のまなざし
環境生活部は「再調査の進捗は事業者から報告がなく、結果がいつ出るかはわからない」としており、現場は静かな停滞の時間を過ごしている。湿原の風は変わらないが、造成の痕が残る斜面には不安と期待が交錯し、地域の空気に微妙な陰影が落ちているとみられる。住民の視線は、再開の合図ではなく、判断の根拠に向いている。
手続きの遅れは、工期やコストの面で事業者に重くのしかかる一方、近隣の住民や自然保護に携わる人びとには「拙速に進めないでほしい」という思いを強めたはずだ。再生可能エネルギーの受容は、丁寧な説明と透明な情報公開が伴ってこそ広がるという教訓が浮かぶ。合意形成の地道さが信頼の地盤をつくる。
土壌汚染対策法は、土地の形質変更に伴うリスクを管理するための枠組みである。届け出と調査は単なる事務ではなく、将来の事故や費用を回避する保険の役割を持つ。今回の再調査指示は、その原則を現場で徹底するためのブレーキであり、無用な環境負荷への歯止めとも言える。慎重さが求められる理由がここにある。
再調査の先にある選択
この先は、事業者が追加のサンプリングや分析を実施し、結果を取りまとめて道に報告する段取りになる。結果に応じて追加調査や対策工の指示が出る可能性も否定できない。いずれにせよ、再調査の結論が示されるまで、現場の再稼働はできない状況が続くとみられる。工程表は、証拠に裏付けられた判断を待っている。
行政側に求められるのは、判断根拠の開示と住民への丁寧な説明だ。国立公園の周辺という立地は、許容できる環境リスクの水準を厳しくする要因でもある。不確実性が残る段階での再開は避け、必要なら計画の修正や工法の見直しを含めた対話の場づくりが鍵になる。情報の流れが信頼の梃子になる。
再エネの拡大は社会の合意であり、地域の自然を守ることもまた合意である。湿原の風景を未来に手渡すために、どこで線を引き、どの順序で進めるのか。今回の行政指導は、その問いを私たちに投げかけている。結論を急がず、確かな根拠を積み上げる時間が必要である。静かな現場に、次の一手を考える余白が広がっている。
