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ミラノの検察庁で、厚い封筒が受理された。差し出したのは作家で記者のエツィオ・ガヴァッツェーニ氏だ。内容は、1990年代前半に富裕層が紛争下のサラエヴォ近郊で民間人を狙撃する「サファリ」に参加したという告発である。検察は殺人の疑いで本格捜査に踏み出し、沈殿していた噂は、たどるべき足跡を持つ事件へと姿を変えつつある。
蘇る疑惑はどこから来たか
出発点は一本の映画だった。スロベニアの監督が2022年に公開したドキュメンタリーは、包囲下の都市で外国人が金を払い、丘陵地から住民を狙ったという証言を拾い集めた。ガヴァッツェーニ氏は資料と証言を重ね、17ページの告発書にまとめた。検察はこれを受理し、当時の移動経路や関与者の輪郭を洗い直す段階に入った。
報道で浮かぶ構図は荒涼としている。週末に北部の玄関口から出発し、現地の勢力に案内され、狙撃地点に立つ。支払額は現在価値で8万〜10万ユーロとされ、標的の属性によって金額が異なる「価格表」の存在も語られてきた。真偽の線引きが難しい要素を含むが、金銭と殺傷が直結する異様さは記録の端々ににじむ。
包囲戦では民間人が多数命を落とし、街路の一部は「狙撃の回廊」と呼ばれた。目撃や被害の証言は、時に断片的で、時に互いに矛盾する。それでも、週末に危険が増したという住民の記憶や、現地研究者が示す狙撃被害の推計など、点在するデータは疑惑の枠組みを補う。捜査の役割は、その点を線に結ぶことに尽きる。
証言の断片と捜査の焦点
捜査を指揮するのはミラノの検察である。容疑は「残虐性や卑劣な動機を伴う殺人」で、重い法的評価が与えられている。担当は国家憲兵隊の特殊作戦部隊ROS(対テロを担う部門)とされ、提出資料に記された人物らの聴取が想定される。ここで鍵になるのは、旅程の実在性、支払いの痕跡、現場での行為の立証だ。
告発書には、当時の情報当局者や市当局者の報告が含まれるとされ、移動ルートや参加者像の記載がある。具体的な氏名は今も伏せられるが、事実認定の入口に立つには十分な材料だろう。対照的に、セルビア側の退役軍人らは関与を強く否定しており、映像作品の証言も「誇張だ」との反論がある。
一方、包囲を生き延びた市民の言葉は重い。週末に銃撃が増えたとの実感や、子どもを含む非戦闘員が狙われたという記憶は、年月を経ても薄れない。研究機関による狙撃死の推計や写真アーカイブの蓄積は、記述を裏づける素材となる。検察は、これら証言の信頼性と事件性を丁寧にすり合わせていく必要がある。
遅れて始まる検証が問うもの
30年近い時間は、真相解明の味方にも敵にもなる。関係者の記憶は薄れ、記録は散逸する。それでも、旅券や航空会社の運航記録、支払いの痕跡、当時の通信文書など、立証の糸口は残るはずだ。国境をまたぐ捜査協力が機能すれば、断片は輪郭を持ち始める。今は、その起点にいる。
同時に、この事件は「戦争」と「娯楽」という相容れない語彙が接続された稀有な事案でもある。狩猟の手つきで都市を見下ろすという倒錯は、加害の動機を金銭や嗜好が駆動した可能性を示す。仮に一部でも立証されれば、私兵や傭兵とは異なる形で戦時加害に加わった市民を、どの法と倫理で裁くかが問われる。
否定も含めて多様な声が存在し、いまだ確定的ではない事実が多い。それでも、告発が公的捜査に移ったという変化は決定的だ。噂で終わらせず、証拠で語る段階へ。街路に残った影の長さを測り直す営みは、遅れてもなお意味を持つはずだ。