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ナイジェリア首都アブジャの乾いた風が吹く議事堂で、2025年10月29日、次期国防参謀長のオルフェミ・オルイェデ中将が静かに切り出した。戦いのためのリソースは足りない、そして警察を立て直すべきだ――。30日の就任を前に、軍が担ってきた内向きの治安任務を本来の外敵抑止へ戻し、テロと盗賊への対処は警察に引き戻すべきだとの問いかけが浮かぶ。クーデター報道が渦巻く最中の発言である。
資源不足の告白が映す現場の疲弊
「リソースが十分でないことは誰もが承知している」。上院での言葉は、抽象ではない手触りを帯びて響いた。オルイェデ中将は、テロ組織や農村部を荒らす盗賊団との戦いが難しくなっている現実を率直に語り、足りないのは意志ではなく装備・人員・整備費などの総体だとにじませた。現場ではヘリの稼働率や装甲の補修、監視機材の更新が遅れがちで、出動頻度が上がるほど消耗も増すという負の循環が広がっていると映る。
中将が強調したのは、国家全体の「任務の割り振り」の再設計である。現在、軍が代替している任務の多くは、法的にも能力的にも本来は警察の所掌に属する。治安空白を埋めるため軍が前線へ立ち続ければ、兵站も士気も疲弊し、本来の抑止任務が手薄になる。中将は、軍は外部からの侵略や大規模脅威への備えに集中し、地域の巡回や犯罪抑止、初動捜査は警察が担い直すべきだと訴えた。その再配分こそが、限られた資源を最大化する近道だという含意がある。
揺れるクーデター報道と人事刷新の余波
一部報道は、最近のクーデター計画疑惑で複数の将校が拘束されたと伝えた。人数については16人とするものもあるが、政権と軍は公式に否定し、懲戒案件に関わる措置だと主張している。確証度の異なる報が交錯する中、ティヌブ大統領は先週、軍幹部を相次いで刷新した。人事は規律回復のメッセージであると同時に、対テロ作戦の立て直しと予算配分の再優先を示唆する布石とも読める。上院での証言は、その方針の地ならしとして受け止められている。
現時点で確認されている範囲では、政府は体制不安の印象を強く否定しており、治安当局の連携と内部統制は維持されているとの立場を崩していない。人事の刷新は、軍の統率の回復だけでなく、警察との役割分担の再定義を伴うとみられる。オルイェデ中将の「警察の再建」という言葉は、その方向性を国会の場で可視化したかたちだ。
長期化する暴力の地図――ボコ・ハラムとISWAP
ナイジェリアの治安危機は、2009年のボコ・ハラム蜂起に端を発する。紛争は国境を越えて広がり、分派のISWAPが台頭し、湖チャド流域の広大な地域で不安定化が進んだ。武装勢力による襲撃は10年前のピークからは減少したとの評価がある一方、地方部では小規模の待ち伏せや拉致、即席爆発装置による攻撃が散発的に続く。脆弱なインフラ、行政の空白、貧困と失業が重なり、軍・警察の人的負担が慢性化している現実が浮かぶ。
国際機関の分析でも、湖チャド流域の治安と人道状況の複合危機が指摘されてきた。軍の掃討で勢力圏が狭まっても、分散・潜伏・越境という運動性は高く、治安対応は持久戦の様相を強める。住民保護を最優先に据えるなら、軍事行動と並走するかたちで、警察の初動捜査や司法の機能、地域社会の見守りといった「治安の作法」を隙間なく回復させる必要がある。軍の外側にある制度の回路を太くすることが、結果として軍の負荷を軽くする道筋でもある。
国内生産と警察改革、二つのてこ
オルイェデ中将は、コストの観点から兵器や主要部品の国内生産比率を高めるべきだとも主張した。補修部品の国産化は整備の遅延を縮め、作戦継続性を押し上げる。調達先が複数国にまたがる現状では、為替や輸出規制の揺らぎが稼働率に直撃する。内製化と共同開発、そしてサプライチェーンの透明化は、対テロの即応性に直結する中期策だと映る。他方で、透明な調達と外部監査の仕組みをどう担保するかという統治課題も同時に突きつけられる。
鍵を握るのは警察の再建である。地域に根差す常在の警察力が戻れば、情報収集と初動の質が上がり、軍の出動は厳選される。交番・通信・鑑識・検察連携の基礎体力を底上げし、住民の通報と証拠が裁判で生きる循環を作ること。中将の提案は、軍の強化それ自体ではなく、国家の治安機能を総体として再設計する呼びかけだ。30日の就任後、その言葉が予算と制度にどう落ちるのか。次の国会審議が試金石となる。
