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静かな実験室で、老いたマウスが水迷路の足取りを取り戻す光景があった。血管の「門番」を立て直し、脳の老廃物を一気に掃く――そんな手法が学術誌に報告された。アルツハイマー病の進行をマウスで逆転させたという内容だ。治療が難航するこの疾患で、脳を本来のバランスへと戻す道筋が見えてきたといえる。
小さな粒子が開いた道筋
2025年10月7日、Signal Transduction and Targeted Therapyに国際チームの論文が掲載された。標的は血液脳関門だ。低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質1(LRP1)に結合する分子を模したナノ粒子を投与し、関門の輸送機構を「再起動」させる設計である。結果、アミロイドβの脳内量は約45%低下し、血漿では2時間で8倍に増加した。脳から血中へ老廃物が押し出される像が浮かぶ。
用いられたのはアミロイドβを過剰産生するAPP/PS1系統のモデルマウスで、投与は3回に分けて行われた。治療後、行動指標は大きく改善し、空間学習や記憶の課題で野生型マウスと肩を並べる水準まで回復したという。しかもこの効果は少なくとも6カ月続いたとされ、短期の変化ではない持続的な回復が示唆される。
何が「逆転」を支えたのか
鍵は輸送の向きを作り替える発想にある。ナノ粒子はLRP1に多点結合するよう設計され、受容体の膜内輸送を「通過(トランスサイトーシス)」へと偏らせる。これによりLRP1の発現が高まり、脳側で渋滞していたアミロイドβが血管内へ流れ出す。複数のイメージングで脳内シグナルの減少が裏づけられ、12時間後の体内分布でも負荷の軽減が確認されたと報告されている。
研究チームは、この介入が老廃物の排出経路そのものを立て直し、クリアランスのフィードバックを取り戻すと解釈している。単に運び屋として薬を届けるのではなく、粒子そのものが生体機能を誘起する「超分子薬」として働く点も特徴だ。老廃物がたまれば関門が乱れ、乱れがさらなる蓄積を呼ぶ悪循環を、血管から断ち切る狙いと映る。
人に届くまでの距離
一方で、現時点で確認されている範囲では結果はあくまでマウスに限られる。人の血液脳関門は構造も環境もより複雑で、動物で成功した手法がそのまま通用しないことは神経疾患領域の常である。投与量、頻度、長期安全性、免疫影響などの壁も高い。論文には著者の一人が掲載誌の編集委員を務めるが査読には関与していない旨の記載があり、透明性の配慮もうかがえる。
それでも、脳内に薬を運ぶのではなく、脳がもつ排出機構を回復させるという発想は、治療の地図を描き替える。既存の疾患修飾療法と競合ではなく補完する可能性もあるだろう。物忘れの陰に沈みがちな暮らしの輪郭が戻る未来を、拙速な期待ではなく検証の積み重ねで手繰り寄せたい。マウスの小さな回復が、人の記憶に届く日を静かに待ちたいところだ。