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証言台に促され、母親が静かに頭を下げた。安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件の裁判で、2025年11月13日、奈良地裁の第7回公判に被告の母親が初めて公の場で臨み、現在も世界平和統一家庭連合（旧統一教会）を信仰していると明かし、遺族と国民に謝罪した。弁護側は情状を立証し、検察側は悪質性を指摘する。
母の初証言、法廷の空気
法廷には傍聴席から姿が見えないよう衝立が設けられ、母親は遮られた空間で言葉を選んだ。促されると、事件直後に謝れなかった心残りを述べ、安倍氏と昭恵さん、そして国民に対し「申し訳ない」と頭を下げた。声は時折途切れ、発言のたびに間が生まれた。
尋問の冒頭、母親は信じる宗教を問われ「世界平和統一家庭連合です」と明言した。傍らで山上被告は黒い服のまま視線を落とし、机上で両手を組んで聴いた。証言台を正面から見通せる席でも、被告は目を合わせることはなく、緊張が場に留まった。
この日の審理では、昭恵さんの上申書が提出され、検察官が「長生きしてもらいたかった」といった趣旨を読み上げた。事件がもたらした喪失と、量刑を巡る法的な議論が同じ部屋に並び、言葉と沈黙の重さが交錯した。
献金の軌跡と家庭の変容
母親は、父の自死や長男の病気を経て教団へ入信したと説明している。家庭は次第に教団中心となり、通う頻度や活動が日常を覆うようになったという。入信の経緯が語られるたび、家族の時間が別の規範に置き換わっていった過程がにじむ。
入信時に2000万円を差し出し、約半年後には3000万円を追加したと述べた。原資は夫の生命保険金で、のちに不動産も手放し、弁護側は総額を1億円と示した。献金すれば長男が助かるかもしれないという思いが背中を押し、家計の余白は狭まっていった。
進学期と重なった支出について弁護人がただすと、母親は「とにかく献金が大事だと思った」と答えた。教育か、信仰の実践か。選び取られた優先順位は、家庭内の役割や将来設計を揺らし、被告の内側に残った感情の向きも固定していったように映る。
揺れる争点、裁判員に託される判断
弁護側は初公判から、献金や家庭環境が犯行動機に影響したとして情状の考慮を求め、「宗教的虐待」という言葉で構図を示してきた。検察側は他方で、被害者と関係のない生い立ちを量刑で大きく減じるべきではないと主張し、悪質性を強調する。
宗教的虐待とは、信仰の名の下で生活や人間関係に過度の圧力がかかり、選択や成長が著しく制限される状態を指すとされる。今回の証言は、その概念を抽象のままにせず、進学や家計といった具体の場面に引き寄せ、裁判員が評価すべき素材を積み上げた。
法廷の外では政治と宗教の結びつきが議論を呼び、内では一人の罪と向き合う判断が進む。母親の言葉は針の先のように細くとも、記録に刻まれた。結論が示すのは刑の重さだけでなく、生活の痛点をどこまで法が受け止めうるかという輪郭でもある。
