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ホワイトハウスの来賓入口に黒塗りの車列が止まったのは2025年11月4日。ロレックスやリシュモン、MSCなどスイス企業の幹部が、ドナルド・トランプ米大統領と向き合った。9日にはスイス紙ブリックが、米国がスイス製品に課す39％の関税をめぐり、緩和に向けた意向表明書（協議の方向性を示す文書）が数週間内にまとまり、来年1月のWEF（世界経済フォーラム）で発表され得ると伝えた。私的な訪米が、凍った通商の糸口を探し当てた形だ。
民間訪米が開いた回路
同4日の会談は政府交渉とは別枠の民間主導だったとスイス当局は説明している。参加したのは、時計やコモディティ、海運、投資の大手を擁する顔ぶれで、2国間の経済関係の長さと厚みを前面に出した。会談後、幹部らは「政府間の協議を後押しする立場だ」との声明を公表し、公式交渉の場を尊重する姿勢を示した。
9日のブリック報道は、数週間内に意向表明書が作成され、来年1月のダボスで合意の骨格が披露される可能性に言及した。当局はコメントを控えたが、動きは確かに可視化している。意向表明書は最終合意ではないが、論点整理と工程の共有という役割を持ち、交渉を前に進めるための踏み台になる。
同報道は、代表団が大統領図書館向けのロレックスと特別刻印の金の延べ棒を贈呈し、5〜7年で米国の対スイス赤字縮小に取り組む意向を示したとも伝えた。1〜2年で金精錬の一部を米国内へ移す案や、インフラ案件への関与も提案したという。贈答の話題性に目が行きがちだが、米国内投資を伴う提案群は、交渉の“交換条件”としての具体度を持つ。
39％の壁と産業の重さ
39％という関税率は、欧州連合との合意水準である15％に比べ際立って高い。発効後、スイスの時計各社は米向け価格の見直しを迫られ、発効前の前倒し出荷で在庫を確保する動きも観測された。強いスイスフランや金価格高騰も重なり、価格転嫁の余地は限られる。米市場は輸出の柱であり、負担の累積はサプライチェーン全体に波紋を広げる。
影響は高級時計にとどまらない。貴金属や機械、化学品を含む広い品目が足元の採算を圧迫され、販売戦略の練り直しを迫られている。現時点で確認されている範囲では、各社は値上げと販路調整を組み合わせ、米国内在庫の消化や販促で需給の“谷”を埋めている。だが高関税が続けば、需要の弾力性は次第に限界へ近づく。
一方で、米国側が問題視する対スイス赤字に応じる形で、投資や生産の部分移管といった案が提示されたことは、関税の代替措置としての意味を持つ。製造や精錬の一部が米国内に根を下ろせば、政治的な納得と産業の競争力を両立させる余地が広がる、という読みがにじむ。
落としどころの輪郭
報道が示す落としどころは、欧州並みの15％へ近づける関税計画だ。実現には政府間の正式交渉と国内手続きが要る。意向表明書がまとまれば、論点は税率水準、発効時期、移行措置、見返り投資の検証枠組みに収れんしていくはずだ。年明けのダボスで骨格が示されれば、企業は価格と流通の再設計に着手できる。
もっとも、道筋は一本ではない。関税緩和と引き換えに、米国内での雇用創出や付加価値の積み上げをどこまで示せるかが鍵になる。民間の提案が交渉を押し出し、政府が制度に落とし込む。この二層構造がかみ合ったとき、通商の摩擦は一段和らぐだろう。
静かな動きが、次の展開を待っている。
