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ホワイトハウスの扉をくぐったのは、シリア暫定政権のアフマド・シャラア大統領だった。2025年11月10日、シリアの国家元首として初の訪問が実現した。式典を抑えた応対の一方で、米財務省は対シリア制裁の暫定緩和を延長と伝えられ、関係再構築の歩幅と慎重さが同時に示された出来事だ。
静かな訪問が映した距離感
訪問当日、ホワイトハウスは大規模な歓迎式典を用意しなかった。公表されたのは限られた映像と言葉で、演出は控えめだった。歴史的な初訪問でありながら、光を絞った舞台に立たせるかのような運びが、いまの両国の距離感を物語っていた。
会談後、ドナルド・トランプ大統領はシャラア氏を“強い指導者”と持ち上げ、シリアの成功に向けて支援を惜しまないと語った。個人的評価を前面に出す語り口はいつもの調子だが、今回は中東秩序の並びを動かす意味を帯び、発言は国内外で重く受け止められた。
シャラア氏は、反体制武装勢力の出身という経歴を背負う。内戦を経て権力を握った指導者を、米国がホワイトハウスに招いた事実は、関与の深度を示すシグナルでもある。他方で、儀礼を抑えた演出は、なお消えない疑念や課題への配慮と読める。
制裁と法の壁、延長の含意
今回の会談に合わせ、米財務省は対シリア制裁の暫定緩和をさらに180日延長すると報じられた。中核にあるのはシーザー法（2019年成立の対シリア制裁法）で、アサド政権の残虐行為を理由に広範な取引を禁じてきた枠組みだ。全面撤廃には議会による法改正が要る。
一方で、今年夏には広範な制裁撤廃を指示する大統領令が出され、政権交代後の復興投資を後押しする方針が示されている。結果として“国全体”を縛る制裁は弱まり、個別行為や人物に焦点を当てる設計へ移行しつつある。延長は、その過渡期を埋める時間稼ぎでもある。
緩和は資金決済や投資の回復に道を開くが、法の存続が残す“再発リスク”は企業の慎重姿勢を呼ぶ。6か月という単位は、政治的評価と市場の反応を見極める試用期間に近い。制裁の“影”が完全に消える前に、治安と統治の実績を積めるかが試される。
賞賛と過去、交錯するメッセージ
トランプ氏の賛辞は、シリアを米主導の枠組みに深く繋ぎ直す意思表明でもある。対テロ協力や地域の軍事配置、難民帰還の環境整備まで、議題は広い。その中心に、経済再建を梃子にした“安定の取引”が据えられているように見える。
ただ、シャラア氏の出自は政治的な“残響”を伴う。過去の武装勢力との関係は切り離されたと説明されても、宗派間の暴力や統治の透明性をめぐる懸念は消えない。国内の統合と法の支配をどう示すかが、国際的な信用の基礎になる。
欧州の一部や国連機関が段階的に関与を広げる中、米国の後押しは決定的な重みを持つ。だからこそ、今回の低調な演出と強い言葉の同居は象徴的だ。祝祭ではなく、条件付きの前進。表舞台の明るさより、裏側の検証が問われている。
執務棟の空調の音だけが残る廊下で、合意文の紙束が静かに重なっていく。変化の兆しは、まだ小さい。
