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台北のラジオスタジオでマイクが光る。台湾当局が、米国の保守系ポッドキャスターやインフルエンサーに静かに接触を広げている。韓国で開かれるAPECの首脳会議を前に、トランプ米大統領が対中交渉で台湾の優先度を下げるのではないかという不安がにじむ。狙いは、米政権の関心リストで台湾を埋もれさせないことにある。現時点で確認されている範囲では、動きは水面下で続いている。
静かに広がる「MAGA回廊」
保守系メディアへの出演や長時間の対話が重ねられ、台湾側のメッセージは「抑止の維持」と「経済連携の拡大」に収れんしている。番組の背景には、政策決定の周辺にいる人々へ直接届く経路を増やしたいという計算があるとみられる。一部報道によれば、こうしたアプローチはここ数カ月で加速し、米国内の草の根世論を意識した語り口が目立ってきた。
同時に、台湾の外交当局は米台関係が超党派の支持に支えられてきた事実を繰り返し強調している。年初の米台作業部会でも、米側が台湾の国際機関参加を後押しする姿勢を再確認したと伝えられた。与野党の枠をまたぐ支援が土台にあるという説明は、特定陣営への過度な接近という見方を和らげる効果を狙うものと映る。
米国と正式な外交関係を持たない台湾の総統は、米大統領と対面する機会が限られる。その制約が、メディアやインフルエンサー経由の「間接外交」を押し出している構図だ。現時点で確認されている範囲では、政府系の窓口に加え、在外代表部や政策コミュニティのネットワークが結節点となり、接点づくりが多層に進んでいる。
APECの舞台、日程が語る緊張
韓国・慶州でのAPEC首脳会議は、2025年10月27日から11月1日までの「リーダーズ・ウィーク」に集約される。閣僚級の会合は10月29〜30日、首脳会合は10月31日〜11月1日と整理され、各国首脳の二国間会談が周辺日程で相次ぐ見通しだ。米中首脳の直接対話が実現すれば、台湾関連の論点がどこまで俎上に載るかに関心が集まる。
台湾側が神経を尖らせるのは、首脳間で合意された文言が地域の安全保障バランスに直結し得るからだ。米国の「戦略的曖昧さ」は長らく抑止の装置として機能してきたが、表現のわずかな変化でも実務のシグナルは大きく変わる。こうした場面で台湾の優先度を保つには、事前の空気づくりが重要だという考えが透ける。
一方で、米政府は「一つの中国」政策の継続と台湾海峡の平和と安定へのコミットメントを繰り返してきたとされる。声明やブリーフィングの表現は微調整があるものの、枠組み自体は維持されてきたというのが基本線だ。台湾にとっては、その枠内で抑止力を確保し、経済・技術協力を厚くするという現実的な選択が広がっている。
価値と現実のはざまで
台湾の与党は婚姻の平等など進歩的価値を掲げてきた。他方、米国の保守層に歩み寄る発信は、理念の違いを抱えたままの対話でもある。会場によっては拍手とざわめきが交錯し、時にぎこちなさが生まれる。それでも発信を止めないのは、地政学の圧力が日増しに強まり、窓口を増やすコストよりも沈黙のリスクが大きいからだ。
国内では「価値を曲げるのか」という戸惑いも出る。一方で「安全保障と経済の実利を確保せねばならない」という現実論も根強い。相反する声の間を縫うように、政府は接触先を多様化し、同時に超党派の支援という軸を明確に掲げる。価値と現実の二本立てで、対外メッセージの整合性を保とうとしている構図が浮かぶ。
APECの照明が落ちたあとに残るのは、言葉ではなく関係の密度だ。番組の一回、会食の一度が、次の電話や合意文の一行につながる。台湾の賭けは、対話の裾野を広げることで不確実性を少しでも管理することにある。首脳外交の舞台裏で、見えない糸をどれだけ張れるか。その成否が秋の会期を越えて効いてくるとみられる。
