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蔚山の岸壁に静かに横付けしたバンカリング船から、ホースが伸びた。伊藤忠商事が日本郵船向けに低炭素メタノール燃料を供給したのは、海運の燃料転換が現場で動き出したしるしである。常温液体の特性と二元燃料船の普及が重なり、脱炭素と物流の両立に現実味がにじむ。
蔚山で動いたSTS、主役は「Green Future」
2025年9月28日、韓国・蔚山港で、日本郵船グループのNYKバルク・プロジェクトが定期傭船するメタノール二元燃料ばら積み船「Green Future」に、STS（シップトゥーシップ）方式で燃料の低炭素メタノールが補給された。供給を担ったのは伊藤忠商事で、着岸中の本船にバンカリング船が接舷し、ホースで直接移送した。岸壁の通常業務の延長で、燃料の中身だけが静かに変わったと映る。
伊藤忠商事の発表では、今回の低炭素メタノールはバイオマス由来の原料から製造され、従来燃料に比べライフサイクルでの温室効果ガス削減が期待されるという。メタノールは常温常圧で液体のため既存インフラが活用しやすく、二元燃料機関との相性もよい。実需に根差したサプライチェーン構築を加速させる狙いが浮かぶ。
一方、日本郵船は補給燃料がマスバランス方式で供給されたと説明した。再生可能天然ガスやグリーン水素などの投入を製品に割り当てる手法で、国際的なISCC EU認証も取得しているという。STSは接舷した船同士をホースで結び直接供給する方法で、停泊時間を活かせる実務性が強みである。両社の説明が重なり、新燃料の使い方が具体像を帯びてきた。
広がる選択肢、海運の脱炭素が近づく
海運は世界の温室効果ガス排出の一定割合を占め、貨物量の増加が見込まれる中で燃料の低炭素化が急がれる。国際海事機関は国際海運の排出を2050年頃までにネットゼロとする戦略を掲げ、日本政府も2030年に2013年比46％削減、2050年カーボンニュートラルを狙う。今回の補給はその流れに重なる出来事である。政策の背中押しと企業の現場力が結びついた瞬間が浮かぶ。
メタノールは液体ゆえに貯蔵や移送のハードルが比較的低く、港湾の既存設備や運用に馴染みやすい。二元燃料船と組み合わせれば、運航側のリスクを抑えながら段階的に排出を減らせる。蔚山でのSTS補給は、LNGに偏りがちだったオルタナ燃料の現場に、運用可能な別の選択肢が加わったことを示唆する。選択肢が増えるほど、移行の足取りは確かになる。
とはいえ、低炭素メタノールの普及には持続可能な原料確保と認証の維持、価格差の吸収、港湾間ネットワークの拡充が要る。現時点で確認されている範囲では、供給量や価格の詳細は公表されていないが、企業連携で実証から常用への橋を架けられるかが試金石になる。港の風に混じるメタノールの気配が、次の寄港地へ視線を促している。
