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記者説明会の壇上で資料がめくられる音が重なった。2025年11月04日、USスチールが中長期計画を公表し、日本製鉄はその完全子会社として計画の実行を後押しする。焦点は、データセンター向け変圧器などに使う高効率の電磁鋼板だ。米国内の生産基盤に日本発の製造技術を移し、AIの普及で膨らむ需要を確実に捉える狙いである。
動き出した投資計画、狙いはDCの電力効率
公表された計画では、製品ポートフォリオの拡充とコスト構造の改善が柱に据えられた。なかでも、変圧器や大型電源機器に欠かせない電磁鋼板に関して、米国内での供給力を高める方針が示された。日本製鉄が持つ世界水準の製造ノウハウを現地設備へ段階的に適用し、需要地に近い形での量産移行を目指す構図である。現時点で確認できる範囲では、工程整備は数年単位のスケジュール感で進む見通しだ。
背景には、AI処理を担うデータセンターの電力消費が増え、送配電網や直近の変圧器需給にも負荷がかかっている現実がある。損失を抑える高級電磁鋼板は、装置の効率と安定性を左右する素材で、米ハイテク各社の調達関心が高い。投資の優先度を電力効率の改善に合わせることで、景気循環に左右されにくい需要を取り込み、収益の下支えを狙う設計だ。
ビッグリバーが担う生産の要、技術移転で厚み
米アーカンソー州のビッグリバー製鉄所は、USスチールの成長投資の中心に位置づけられてきた。ここではすでに電磁鋼板を含む先端鋼材の生産体制を整備しており、最新鋭のミニミルと表面処理ラインが稼働している。2024年に第2製鉄所が初圧延を迎えたことで、同拠点の生産能力は段階的に増強された。今回の計画は、この基盤の上に高効率材のメニューをさらに積み上げる形になる。
日本製鉄は「母工場×現地工場」で付加価値を高める戦略を掲げてきた。現地の顧客に近い場所で生産し、短いリードタイムで供給することで、品質要求の高い用途にも応えやすくなる。電磁鋼板の領域では、低損失化や厚み精度の高度な管理が利幅を左右する。工程設計や検査手法の共有を含む技術移転が進めば、米国内での供給安定と価格競争力の両立に道が開ける。
AI需要と素材産業、交差点に立つ意思決定
生成AIの普及は、半導体や冷却設備だけでなく、送電設備やトランスといった重電にも連鎖している。素材側では、高級電磁鋼板や高強度鋼などの需要が静かに積み上がっており、各社の投資判断を促している。USスチールの計画は、こうした潮流に対し、製品ミックスを高付加価値に寄せ、コストと炭素の両面で競争力を高める意志を示すものだ。足元の市況に引きずられず、中長期で設備と人材に配分する姿勢が読み取れる。
一方で、工程の立ち上げには時間がかかり、顧客認証やサプライチェーン整備も不可欠だ。投資の回収には段階的な歩みが求められる。設備が本格稼働に入る頃、AIやデータセンターの需給環境がどのような相場観にあるかは見通しに幅がある。それでも、効率と信頼性を支える素材を国内でつくるという方向性は、需要家との対話を重ねるほど意義を増していくはずだ。
収益体質の磨き直し、投資がもたらす変化
USスチールは、従来の統合製鉄からミニミルの活用へと重心を移しつつ、電磁鋼板などの高付加価値材で稼ぐ体質への転換を進めている。運転効率の改善や設備の若返りは、変動費の抑制や稼働の柔軟性向上に直結する。日本製鉄の知見を内部に取り込み、拠点横断で標準化を進めれば、品質と歩留まりのブレが減り、計画の実効性は高まるだろう。設備投資は費用でもあるが、統治と現場の一体運用が整えば、リスクは管理可能な範囲に収まる。
今回の計画は、米国内の需要地に近い生産と、グローバルで磨かれた製造技術をつなぐ試みでもある。データセンターの冷却音が絶えない夜に、変圧器を支える薄鋼板のうなりは耳に届かない。それでも、電力を無駄にしないという静かな改良が積み重なり、産業の底面が少しずつ固くなっていく。
