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朝の旅館に緊張が走った。2025年11月7日、山形県米沢市の温泉旅館「滑川温泉 福島屋旅館」でクマが館内に入り、家族と従業員が避難する事態となった。現場では警察や市、猟友会が連携し、午前中に緊急銃猟で駆除が実施された。相次ぐ目撃の中、冬季休業中の宿にも及ぶリスクが現実になり、地域の備えと判断の速さが問われた出来事だった。
旅館の朝に走った緊張
7時半ごろ、旅館にクマが侵入したとの通報が入った。1頭はフロント付近にとどまり、家族3人は2階へ退避した。館内では木材が軋む音や什器の割れる音が続き、外にいる関係者へ電話で状況を伝える声が震えた。扉1枚隔てた先に野生の気配がある。近づけないという言葉には、見えない距離の怖さがにじんでいた。
同旅館は約250年前に開湯し、川沿いの景観で知られる名所だ。豪雪を見越し、今月上旬から冬季休業に入っていたと旅館側は説明する。静まり返った館内には最低限の業務を担う従業員がおり、朝の巡回や点検が行われていた。観光の気配が途絶えた空間に、突然の侵入は小さな音まで際立たせた。
目撃した家族は2階から成獣とみられる1頭を確認した。体長は1.5mほどという見立てが口にされたが、正確な測定ができる場面ではない。障子越しに伝わる足音は重く、階段方向に意識が向くたび、視線は非常口に吸い寄せられた。居合わせた人の呼吸が浅くなり、時間の単位がゆっくりと伸びていく。
逃避と救助、その後
通報を受け、警察や市、それに猟友会の関係者が次々と敷地に入った。クマは依然として館内にとどまり、動線の確保が急がれた。警察官は隙を見て建物に入り、家族と合流。非常階段へ誘導し、パトカーへ避難させた。救助は短いが密度の濃い動きで、けが人は出なかった。残された館内には、破損の痕跡と緊張の空気が残った。
外では盾を携えた警察官が配置につき、出入り口や窓の周辺が次々と押さえられた。建物の構造や周囲の人の動きを確認しながら、対応は一段ずつ進む。安全確保を前提に、午前中に緊急銃猟が実施され、1頭が駆除された。手順に沿って静かに進む作業の中で、銃声は一度だけ響き、周囲のざわめきがゆっくりと静まった。
旅館関係者によると、数日前から敷地内でクマの痕跡があり、箱ワナも設置していたという。だがクマが入ったのはワナではなく、玄関の先だった。雪を前に客を迎える支度を止めた宿に、季節外れの訪問者が現れた形だ。人の往来が少ない時間帯は、足音の小さな変化を見落としやすい。対策の網目は、わずかな隙で破られる。
増える目撃と地域の備え
今秋以降、県内ではクマの目撃が相次いでいる。山裾の実りが乏しい年は人里への接近が増え、温泉地や観光施設でも対応が迫られる。今回のように建物内に立てこもるケースでは、避難誘導と現場判断の精度が結果を左右する。人を遠ざけ、経路を確保し、最終手段に移るまでの時間をどう稼ぐか。現場はその一手ごとに重い選択を積み重ねた。
生活の場では、出入口の施錠や餌となる生ゴミの管理、山沿いの散策時は鈴やラジオの携行など、小さな行動の積み上げが抑止力になる。観光地では臨時の張り紙や見回りの強化が、来訪者の安心につながる。行政や猟友会、警察の連携は欠かせないが、初動は現場の目だ。日々の手当てが、いざというときの動きを確かにする。
駆除の後、旅館の前には関係者の足跡と、外された仮設のバリケードが残った。川の流れは変わらず、静かに音を立てる。緊迫の時間は去ったが、戸を閉める手の感触には余韻がある。観光の季節が戻るころ、今日の判断と準備は見えない形で宿に残るだろう。人の営みと山の気配は、これからもしばらく近いままだ。
