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住友ゴム工業とNECが11月26日、タイヤ材料の開発にAIと疑似量子技術を組み合わせた実証結果を公表した。タイヤ用ゴムの配合を設計する工程で、非熟練者が試行錯誤する場合と比べて作業時間を約95%削減できる可能性を確認したという。両社はこの成果を出発点に、タイヤ構造や製造プロセス、さらには他の化学製品の開発にも応用範囲を広げようとしている。本稿では、タイヤ開発の現場がAIと疑似量子でどう変わるのか、その先にどんな選択肢が見えてくるのかを追う。
配合設計に追われた開発現場、AIと疑似量子で何が変わるか
高性能タイヤ用のゴム配合は、ポリマーや充てん剤、添加剤など多数の素材をどう組み合わせるかが勝負どころだ。わずかな配合比の違いがグリップや燃費、摩耗寿命を左右し、従来はベテラン技術者の経験に頼る部分が大きかった。今回の実証では、疑似量子アニーリングと呼ばれる計算手法を使い、数百兆通りに及ぶ組み合わせの中から、複数の性能条件を同時に満たす候補配合を短時間で抽出できたとされる。人手と勘に依存してきた領域に、計算機が「候補をふるいにかける役割」で入り込んだ格好だ。
両社の連携は、2022年に熟練設計者のノウハウをAIでモデル化し、技能継承と開発スピード向上を図った取り組みから始まっている。その延長線上に今回の実証があり、タイヤメーカーの研究所では、若手でもAIの提案を起点に議論を進められる場面が増えつつあるという。労働人口の減少が進むなか、限られた人員で多くの試作テーマを回す必要がある現場にとって、探索作業そのものを圧縮できる意義は大きい。一方で、AIが示す配合案の妥当性を見極める判断力は依然として人が担うため、技能とデータリテラシーの両方を持つ技術者像がこれまで以上に求められている。
住友ゴムとNECは、こうした効率化を単なる「時間短縮」にとどめず、研究者の仕事の質を変える契機と位置づける。試験計画の立案や評価指標の設計といった上流の思考に人がより多くの時間を割き、組み合わせ探索やシミュレーションはAIと疑似量子が担う、という役割分担だ。もしこのスタイルが定着すれば、熟練者は配合の細部に悩む時間を減らし、どの市場向けにどんな性能バランスを狙うかといった「問いづくり」に集中できる。現場の負担を軽くしながら、開発テーマそのものの質を引き上げられるかどうかが、次の焦点になる。
日本発マテリアルズ・インフォマティクスはどこまで進んだか
今回の取り組みは、データとAIで材料開発を進める「マテリアルズ・インフォマティクス」の一例でもある。住友ゴムとNECは2025年7月に戦略的パートナーシップを結び、グローバルで通用する研究開発の仕組みづくりを掲げた。2030年頃までに、AIを前提とした研究スタイルを確立するという長期目標も共有している。欧米では製薬や電池材料の分野で同種の取り組みが進むが、タイヤのように多数の性能を同時に求められる製品で検証が進む例はまだ限られる。日本の製造業が得意としてきた「複数性能のバランス設計」を、デジタルの文脈へどう移し替えるかが国際競争力にも関わってくる。
ただし、マテリアルズ・インフォマティクスの実効性は、アルゴリズムだけでなくデータの質と量にも左右される。タイヤの場合、材料物性だけでなく、走行試験や市場での評価など、多様なデータをどう統合するかが課題だ。今回の実証はまず材料配合に焦点を当てたが、今後はタイヤ構造や製造条件との関係も一体で扱えるかが問われる。すでに他の素材メーカーでも、圧延条件や焼成プロファイルを含めた総合最適化に乗り出す動きがあり、タイヤ分野もその波に乗れるかどうかが試されている。
NEC側にとっても、この共創は自社の先端AIを、材料や製造の現場に深く組み込む試金石となる。量子インスパイア技術やAIエージェントを、単発の実証に終わらせず、他社にも展開可能なサービスに仕立てられるかどうかは重要な分岐点だ。もしタイヤでの成功モデルを一般化できれば、樹脂や塗料、電子材料といった他分野への横展開も視野に入る。逆に言えば、タイヤでの取り組みは、日本発のマテリアルズ・インフォマティクスが「特定顧客向けの個別案件」にとどまるのか、「産業横断のプラットフォーム」に育つのかを占う試験台になっている。
タイヤから他の化学品へ、広がる応用と残る課題
両社は、タイヤ材料で得た知見をもとに、タイヤ構造の設計や製造プロセスの条件最適化にもAIと疑似量子を広げる構想を示している。製造ラインの温度や圧力、成形手順まで含めて最適化対象にできれば、製品性能だけでなく生産効率やエネルギー使用量も同時に改善できる可能性がある。また、ゴム以外の化学製品、とりわけ複雑な配合設計が必要な接着剤やシーリング材などでも、同様のアプローチが有効だとみられている。タイヤメーカー発の技術が、化学産業全体の開発プロセスを変える起点になるかどうかが注目される。
一方で、AIや疑似量子技術の導入にはコストと組織文化の両面でハードルがある。高性能な計算環境やソフトウェアへの投資に加え、データを整備し、現場の技術者がツールを使いこなすための教育も必要だ。とくに中堅・中小の素材メーカーにとっては、単独で同様の基盤を整えるのは容易ではなく、大手企業やITベンダーとの連携スキームが鍵を握るだろう。タイヤ分野で蓄積されたノウハウを、業界横断の共有資産として開いていけるかどうかは、日本のものづくり全体にとっても意味を持つ。
今回の実証が示したのは、「人が考えるべき問い」と「機械に任せられる探索」の境界が、材料開発の現場で現実味を帯びて動き始めたということだ。タイヤから始まったこの取り組みが、どこまで他分野に広がるのか、そして研究者の役割をどのように変えていくのか。その行方を見守ることが、AI時代のものづくりの姿を考えるうえで静かな手がかりとなる。
