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受話口で「警察です」と名乗る声が、海の向こうから届いていた。愛知県警が11月10日、中国の詐欺拠点とつながる疑いで、岐阜市の中国籍の呂明峰容疑者、岐阜市の会社員・坂口篤子容疑者、愛知県稲沢市のアルバイト・青木真樹容疑者の3人を詐欺未遂容疑で逮捕した。道警の警察官になりすまし、埼玉県の男性に現金をだまし取ろうとしたとされる。国内で人を集め、海外の拠点で犯行を担わせる――越境型の実像がまた一つ、輪郭を見せた。
警察官を名乗る手口、中国拠点から
警察によると、3人は仲間らと共謀し、北海道警の警察官などになりすまして埼玉県の男性に電話をかけ、現金の提出を迫った疑いがある。今回の通話元は中国の詐欺拠点とされ、国内の被害者に向けて一斉に発信する「かけ子（電話役）」の動きが確認されている。実行に至る前に詐欺未遂として立件されたが、国内の相手に公的機関を装って心理的圧力をかける、典型的な特殊詐欺（電話やSNSで金をだまし取る犯罪）の構図だ。
道警を名乗る肩書きや事件番号を示す話法は、被害者の不安を一気に高めるための常套手段である。資産の安全確認や捜査協力を口実に、現金の移動や暗証番号の開示を促す工程が続く。捜査当局は、今回のように海外拠点から日本語で綿密に組み立てられた脚本が使われるケースを把握しており、電話線の向こうに複数の役割が配置される分業体制も特徴とみている。認否について、警察は3人の詳しい供述を明らかにしていない。
海外からの偽装連絡では、発信番号の表示や通信アプリの誘導で「公的らしさ」を演出する。今回も公的機関をかたる名乗りが入り口になった。実害を未然で止めた点は重いが、同様の仕組みが別の地域へ拡張する前に、発信源と資金回収の両面を詰める必要がある。被害の端緒が一度つかめば、脚本や名乗り先は迅速に差し替えられるため、捜査は時間との勝負になりやすい。
勧誘と渡航、リクルーターの動き
事件では、現場の電話役だけでなく人集めの線も浮かぶ。坂口容疑者は「月50〜60万円は稼げる」「警察には捕まらない」などと持ちかけ、青木容疑者を誘ったとされる。こうした勧誘役はリクルーター（勧誘・斡旋の役割）と呼ばれ、生活の不安や短期の高収入を強調して若年層や非正規の人材を取り込む。渡航準備や滞在手配まで一気通貫で進め、到着後は拠点に引き渡すのが一般的な手順だ。
紹介を受けた呂容疑者が青木容疑者を伴い、中国へ渡航した経緯も捜査線上にある。海外では、脚本の読み合わせや発話訓練、架空の肩書きに沿った会話のテンポまで細かく指示されるという。かけ子の背後には、名簿を扱う要員や送金ルートの管理役が控える。受け子や口座の受け渡し役が国内で動く仕組みもあり、どの段を断ち切るかで被害の広がりは変わる。警察は拠点側の日本人関与についても実態解明を続けている。
勧誘文句の「捕まらないから大丈夫」は、責任の所在を遠ざけるための常套句である。だが、海外に出て犯行を担えば、帰国後も含めて国内法の適用対象となる。かけ子（電話役）や受け子（現金受領役）といった末端でも、組織的な関与が認められれば罪は重くなる。短期の利益を前面に出す誘いに抗うためには、犯罪である事実を冷静に突きつける支援の回路が社会側にも必要だと感じる。
越境型拠点の広がりと、今ある備え
越境型の特殊詐欺は、国内での摘発強化を受けて拠点を海外へ広げてきた。検挙事例が積み上がる一方で、脚本や肩書きは巧妙化し、現地での人材確保や資金移動の経路も入れ替わる。今回の容疑が示すのは、国内の勧誘線と海外の実行線を束ねるネットワークの持続力である。摘発が報じられるたびに一時的な沈静化は起きるが、脚本の更新と人の入れ替えで再稼働する流れが続く。被害地の分散も、追跡を難しくしている。
足元の対策は、捜査の継続と並行して、日常の入口で止める工夫に尽きる。公的機関を名乗る電話やSNSでの金銭要請は、まず疑う。身に覚えのない連絡は一度切り、家族や勤務先に相談し、警察相談専用電話番号の活用を周知する。金融機関や配送事業者と連動した声かけも効果がある。何より「誰にも言わないで」という指示に従わないことだ。社会の側の小さな遮断が、組織の収益構造に最も効く場面がある。
今回の逮捕で全容が直ちに見えるわけではない。拠点の運営役、名簿の入手経路、送金の流れなど、解くべき結び目は残る。実行前に止めた未遂の段階だからこそ、脚本の組み立てや役割分担の検証が進みやすいとも言える。捜査の歩みが、同種の勧誘をためらわせる抑止力として刻まれていくことを期待したい。
