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捜査官が扉を叩いたのは2025年11月10日、国家汚職対策局（NABU）が国営原子力企業エネルゴアトムを軸にした大規模捜査を公表した日だ。実業家が主導し、元エネルギー相顧問と幹部らが調達を握る構図。取引先に高率のキックバックを強いて資金を循環させたとされ、資金洗浄（マネーロンダリング）も指摘された。大統領は当局連携を促し、汚職根絶を掲げた。
調査が映す「組織化」の実像
NABUは、戦時下の電力供給を担う企業群で、取引条件の設定や支払いの遅延回避を餌に不正な謝礼を要求する枠組みが構築されたと明かした。中心にいるのは実業家とされ、企業内の幹部・従業員、エネルギー相の元顧問が連携していたとみられる。関係者が購買の各段階を押さえ、外部の業者は条件をのめば優先、拒めば外されるという力学が働いた。
調達の入口から検収の出口まで、特定の担当が承認を重ねるたびに“通行料”が上乗せされる。供給業者は地位の維持や代金回収を優先し、条件に従わざるを得ない。キックバック（業者からの不正な謝礼）が常態化すると、価格は歪み、最終的な負担は公共の電力コストに及ぶ。NABUは、構図そのものが長期の運用を前提に設計されていた疑いを示した。
資金が循環する仕組み
不正な対価は複数の名義口座やペーパーカンパニーを介して分散され、合法的な売上に見せかける手口が用いられる。こうした資金洗浄は、元の出所と受益者の痕跡を薄め、摘発を難しくする。NABUは、取引ごとに一定割合の謝礼が求められたとし、エネルギー企業を狙った“制度化”の兆しを指摘した。契約条項の細部に、支配の糸口が埋め込まれていた可能性がある。
キックバックの相場は1割台とされ、支払い遅延の回避や選定の優遇と抱き合わせで求められる。一見すると“手早い決済手数料”に見せかけるが、実態は公的企業の取引価値を切り崩す行為である。複層の仲介を噛ませた資金の移動は監査の網をすり抜けやすく、会計上の正当性と実態の乖離が広がる。結果として、健全な競争は削がれ、設備投資の遅れにつながる。
政治の反応と企業側の対応
ゼレンスキー大統領は、関係機関が連携し、関与者を法に基づき処理する方針を明確にした。汚職対策は安全保障や復興資金の信頼と結びつくため、案件ごとの捜査と制度面の補強を並行して進める考えだ。過去に揺れた独立性の議論も踏まえ、手続きの透明性が重視される。捜査の節目では、政治の意思と独立機関の自律をどう両立させるかが問われる。
エネルゴアトムは、当局の捜索が行われた事実を認め、捜査に協力する姿勢を示している。現場の業務継続と記録の保全をどう両立させるかが当面の焦点だ。企業統治の点検は、調達フローの権限配置や内部通報体制の強化に及ぶ可能性がある。公的企業である以上、説明責任の履行は市場の信頼と直結する。
EU加盟要件と電力の現実
汚職撲滅は、ウクライナが申請している欧州連合（EU）加盟の要件に直結する。エネルギー分野は巨額の公共調達と緊急工事が交錯し、不正の温床になりやすい。今回の捜査は、資金の流れを実体で追うことが、市民の負担軽減や同盟国の支援継続につながるという現実を映す。制裁資産や復興資金の透明な運用にも、同じ視線が向けられている。
夏以降、独立機関の権限を巡る法整備が揺れ、のちに修正が図られた経緯がある。制度の安定は、個別捜査の成果と表裏一体だ。電力網が攻撃にさらされる中で、調達の透明性を保つことは供給の強靭性にも関わる。捜査の進展と並び、改善策の実装速度が試されている。
押収されたファイルの束は、静かな倉庫で順番を待っている。記録は、今も静かに積み重なっている。
