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大学の屋上で小さな皿が夜空を追う。米カリフォルニア大学サンディエゴ校と米メリーランド大学の研究者が、約600ドルの市販機器だけで静止軌道衛星の通信を受信し、個人の通話や企業・政府の内部データが平文で空を流れている実態を示した。暗号化の盲点が、いま上空から露わになっている。
屋上のアンテナが拾った素顔
研究チームはサンディエゴの大学校舎の屋上にアンテナと受信機を据え、方位を自動制御する簡易な機構とTVチューナーカードで生信号を集めた。衛星座標やトランスポンダの公開データ、無料ソフトも活用し、地上から見える信号をひとつずつ探り当てたという。市販品の組み合わせで成立する手触りが、衛星通信の敷居の低さを物語る。
観測は7か月にわたり繰り返され、39基の静止衛星で計411のトランスポンダを捉えた。単一地点から全球Ku帯衛星の約14%でIPトラフィックを受信できたというから、空の広さに対して受信の条件は意外に緩い。結果として、リンク層やネットワーク層で暗号化が欠けた通信が広範に見つかり、内部ネットワークの生の姿が地上に降り注ぐ構図が浮かぶ。
平文で観測された内容は重い。携帯電話のバックホールでは通話音声やSMS、エンドユーザーの通信、IMSIや暗号鍵までが覗いた。VoIP事業者の音声も流れ、機内Wi‑Fiの利用者トラフィック、企業のログイン情報や社内メール、在庫やATMのネットワーク情報も含まれていた。電力網やパイプラインの運用・監視データ、沿岸監視や警察運用の情報も確認され、機微が空を走る現実が強い衝撃を残す。
なぜ守られないのか
衛星TVの世界ではリンク層の暗号化が長年の慣行として根付く一方で、IPバックホールではリンク層もネットワーク層も暗号化が広く行き届いていないと研究は指摘する。内部ネットワークの延長として衛星回線を扱う設計思想が残り、インターネットでは既定路線となったTLSの徹底が内部系では後景に退いていると映る。
背景には、帯域に対する暗号オーバーヘッド、遠隔端末の電力や計算資源の制約、機器や機能の追加コスト、運用上のトラブルシューティングの難化といった構造要因があるとみられる。暗号化が遅れる合理も理解できるが、受信は完全受動で痕跡を残さないため、気づかれぬまま傍受されうる点が一段と厄介だ。
静止衛星のダウンリンクは広域に放たれ、ひとつのトランスポンダが地表の広い範囲を覆う。ゆえに、暗号の欠落は局地の不備にとどまらない。研究は全球で運用中の静止衛星が590基に上る現実を踏まえ、空間的な広がりと系統的な脆弱性が重なる構図を示した。空を通る内部リンクは、実質的に公開ネットワークだと考えるべきだろう。
広がる開示と応急措置
研究チームは発見した露出について責任ある開示を進めた。2024年12月19日にT‑Mobileへ、同月に米軍へ、2025年1月14日にWalmart‑Mexicoへ、2月10日にAT&Tへ、4月4日にはメキシコのCERT‑MXへ通知している。各組織の対応状況は一様ではなく、修正が完了した経路もあれば調整が続く箇所も残るとみられる。公開は2025年10月13日で、同13〜17日に台北で開催されたCCS 2025で発表された。
米国家安全保障局は2022年5月10日、VSATの保護に関する勧告を公表し、リンク前の暗号化や機器更新、既定資格情報の変更などを促していた。今回の実測は、その注意喚起が現在も妥当であることを地上の屋上から可視化したといえる。暗号は追加機能ではなく前提条件であり、層を重ねて守る設計が要るという当たり前が、上空を行き交う平文の重みとともに迫ってくる。
論文は50%のリンクで平文IPトラフィックを確認したと記し、学術的貢献と社会的示唆の双方で評価を受けた。CCS 2025ではDistinguished Paper Awardにも選ばれ、技術的成果と公共性の高さが交差した形だ。静かな夜風の中で回る小さな皿を思うとき、空の彼方に広がる内部網の気配が、なお薄く透けて見える。
