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重い金属の扉の奥で、黒い塊が静かに横たわっていた。2025年11月25日早朝、北海道苫前町の山あいに設置された箱わなに、体重約380kgとみられる雄のヒグマがかかっているのを、猟友会のメンバーが確認した。夏から町を揺らしてきた巨大な足音との長い駆け引きが、この瞬間ひと区切りを迎えたのである。
箱わなに現れた“特大の影”と、続いていた農地被害
このヒグマは体長約1.9m、体重は推定380kgで、北海道が公表する雄の成獣の標準体重150〜400kgの中でも上限に近い大きさだ。苫前町では夏以降、400kg級とみられる同規模の個体が繰り返し目撃されており、牛の飼料用に栽培しているデントコーン畑が荒らされる被害が続いていた。農家にとっては、牛を直接襲われなくても、エサを奪われること自体が経営を揺さぶる深刻な打撃だった。
被害を受けた地域では、8月末から箱わなが設置され、地元猟友会の林豊行会長が1人でほぼ毎日見回りを続けてきた。付近では11月11日に大型のヒグマが人家近くまで歩いて接近する姿が確認され、12日には地面に固定したわなを外側から前足で揺さぶり、重さ300kgを超える箱わなを倒しておとりのシカ肉を食べる様子が監視カメラに記録されている。力だけでなく学習能力も示す行動で、地域の緊張は日に日に高まっていた。
エサ不足の秋と人里、変わりつつあるヒグマとの距離
今回の捕獲は、1頭の巨大グマにとどまらない課題も浮かび上がらせる。北海道内ではドングリなど木の実の不作が指摘され、各地でヒグマがエサを求めて広い範囲を歩き回る傾向が報告されている。士別市では8月22日から11月30日まで「秋のヒグマ注意特別期間」を設け、山に入る住民へ事前情報の確認や単独行動を避けることなどを呼びかけてきた。山と里の境目があいまいになる中で、今回のような農地被害はいつ別の町でも起きうる状況にある。
一方で、クマの出没は数字にも表れている。近年、道内の捕獲頭数は増加傾向にあり、警察や自治体が出動するケースも珍しくない。人を守るために駆除に踏み切らざるを得ない場面が増えるほど、現場で対応する猟友会の高齢化や負担の重さも顕在化する。電気柵や収穫時期の前倒し、ゴミやエサとなる残渣の管理など、地域ぐるみの対策をどう積み上げていくかが問われている。山に暮らす野生動物と人の生活圏が重なり始めた今、1頭の巨大グマの最期は、境界線の描き方を静かに問いかけているように見える。
雪の季節を前に、巨大な体を失った箱わなだけが山あいに残り、静かに次の冬の気配を受け止めている。
