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インド政府は12月3日、スマートフォンメーカーに国営サイバーセキュリティーアプリの搭載を義務づけていた方針を撤回した。野党やプライバシー擁護団体、AppleやSamsungといった世界のIT大手が「事実上の監視ツールになりかねない」と強く反発したためだ。盗難端末の追跡や詐欺防止を掲げたこのアプリをめぐる騒動は、サイバー防御を理由に国家が個人データへどこまで踏み込んでよいのかという、重い問いをインド社会に突きつけている。
利用者が恐れた「便利さの裏の監視リスク」
問題となったのは、通信省傘下が運営する「Sanchar Saathi(サンチャル・サーティ)」というアプリである。盗難・紛失した携帯電話のブロックや、なりすまし回線の通報といった機能を持ち、本来は利用者保護を目的とする。ところが政府は11月末、このアプリをすべての新端末にあらかじめ組み込み、ユーザーが削除できない形で提供するようメーカーに指示し、既に出荷済みの端末にもアップデートで配布する方針を示したと各紙が報じた。
スマホが財布であり日記でもある今、「勝手に入れられたアプリがどこまで情報を読むのか」という疑念は当然生じる。ロイター通信やインド各紙によれば、アプリには通話履歴や位置情報などへのアクセス権限が含まれ得ることから、野党や人権団体は「大量監視に転用される恐れがある」と批判した。AppleやGoogleも、ユーザーが選べず削除も難しい政府アプリの義務化は、自社のプライバシーポリシーに反すると懸念を示したという。
一方で、インドでは通信関連の詐欺や端末盗難が深刻な社会問題となっており、「セキュリティー強化のためなら多少の不便はやむを得ない」と感じる人もいる。今回の一連の騒動は、被害防止のためのツールが、いつどの時点で「国家による過剰な介入」と受け止められるのかという、利用者側の感覚の揺らぎをあらためて可視化したと言える。
政府の急転換が映す、デジタル政策の綱引き
インド通信省は撤回を発表する声明で、「アプリは安全であり、悪意ある行為者から市民を守ることだけを目的としている」と強調したうえで、事前インストール義務をやめた理由として「自発的な利用の広がり」を挙げた。新華社通信やインドメディアによれば、同アプリは既に1,400万件超ダウンロードされ、1日あたり2,000件規模の不正事案の通報に使われていると説明している。
しかし、方針転換のスピードの早さは、世論と産業界からの反発が決定的だったことを物語る。ロイター通信やThe Indian Expressは、11月28日に出された義務化指示がわずか数日で撤回された背景として、国会での追及や新聞社説の批判に加え、AppleやSamsungが事実上の「不服従」の姿勢をとったことを指摘する。TechCrunchなど欧米メディアも、プライバシー権をめぐる国際的な懸念が政府を押し戻したと分析している。
インド政府は近年、ラップトップ輸入規制の見直しなど、デジタル分野での規制方針を相次いで修正してきた。巨大市場として投資を呼び込みたい思惑と、サイバー犯罪対策やデータ主権を強めたいニーズのあいだで、政策が揺れ動いている格好だ。今回のアプリ義務化撤回は、サイバーセキュリティーのコストを誰がどこまで負担するのか、そして個人の同意をどこまで尊重するのかという綱引きが続くことを静かに示している。
参考・出典
- India revokes order to preload cybersecurity app on smartphones after outcry
- Govt. removes mandatory pre-installation of Sanchar Saathi app
- After intense backlash, India pulls mandate to preinstall government app on smartphones
- Govt revokes order on mandatory pre-installation of Sanchar Saathi
- Sanchar Saathi won't come pre-installed on your phone as Centre recalls plan to mandate cybersecurity app
