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荷揚げ機が甲高い音を立てる中、噴火湾の岸壁ではホタテのかごが次々と持ち上がる。中国が日本産水産物の輸入手続きに揺さぶりをかけていると報じられる一方で、漁業者の表情は意外なほど落ち着いている。2023年夏の全面禁輸以降、米国や東南アジアへ販路を切り替え、「脱中国」を進めてきたことで、港の景色も、売り先の地図も、この数年で静かに変わりつつあるからだ。
噴火湾ホタテ漁の現場で起きた変化
北海道の噴火湾は、有数のホタテ産地として知られ、例年は年明けから水揚げが本格化する。かつては抱卵期の3〜4月に取れる貝の多くが、殻付きのまま冷凍原料として大量に中国へ送られ、浜値を支えてきた。しかし2023年8月24日、東京電力福島第一原発の処理水放出を受け、中国は日本産水産物の輸入を全面的に止めた。その直後、浜値は急落したが、次シーズンの大幅な減産見通しなどから、2024年10月〜2025年5月のシーズンには一転して高騰し、現場には「中国一辺倒ではない売り方」を模索する空気が広がった。
そうした中で2025年6月、中国税関総署が一部地域を除く日本産水産物の条件付き輸入再開を発表し、登録した施設からの輸出が可能になった。輸出企業は中国側のシステムへの登録に加え、セシウムやストロンチウム、トリチウムなどの放射性物質検査証明を毎回添えることが求められる。手続きは重く、同年11月上旬の時点で中国側に登録された日本企業は数社にとどまり、噴火湾周辺では輸出可能な加工場がわずか1社という状態だった。ある漁協関係者は、登録が進まない現状から「本格再開への本気度を疑わざるを得ない」と語り、長期的には中国も売り先の一つとして残しつつ、他国向け拡大と国内消費喚起を両立させる必要性を強調する。
揺れる外交と「脱中国」、水産業のこれから
2025年11月、高市早苗首相が国会で台湾有事を「存立危機事態」になり得ると述べたことで、日中関係は一気に冷え込んだ。中国側は強く反発し、日本への旅行や留学への注意喚起に加え、日本産水産物の輸入再開を事実上棚上げする措置を打ち出したと報じられた。19日には「中国が日本産水産物の輸入手続きを再び停止した」との情報も流れたが、外務省は同日夜、そうした連絡を中国政府から受けた事実はないと説明している。外交的な応酬の陰で、実務レベルの協議と通関手続きが続く構図は、港で働く人々から見ると、先行きが読みにくい「霧」のように映っている。
それでも噴火湾の加工業者は、この数年で中国以外の選択肢を着実に増やしてきた。米国向けにはむき身製品を主力として輸出を伸ばし、東南アジア経由で再加工して販売するルートも整えつつある。ある事業者は、中国の方針が頻繁に変わり、輸入を政治的なカードとして使われることへの不満を口にし、「中国はあくまで売り先の一つであり、依存すれば経営リスクが増すだけだ」と冷静に話す。政府や業界団体も、かつてホタテ輸出額の約8割を占めた中国向けの比率を将来的に5割以下へ下げる目標を掲げ、国内向けでは学校給食や外食チェーンでの消費拡大キャンペーンを続けている。
艀が静かに港を離れるたび、産地の視線は一国の動向ではなく、広がった海の先にある多様な食卓へと少しずつ向き先を変えている。
