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農林水産省が高級ブドウ「シャインマスカット」の栽培権をニュージーランドへ供与する案を調整しているとの報に、産地がざわついている。小泉進次郎農相は2025年9月26日の閣議後会見で「産地の理解がないままに進めることはない」と明言。無断栽培の封じ込めと市場拡大の両立を掲げる国と、輸出体制の整備を求める産地の思惑が交差しはじめた。
何が起きているのか
発端は、農水省がシャインマスカットの海外ライセンス供与を政策の選択肢として俎上に載せたことにある。省内の議論は、無許諾栽培の横行で日本ブランドが傷つく現状を、正規の契約栽培で包摂するという発想だ。小泉農相は「生産地や知事の理解なく進めない」と繰り返し釘を刺し、独走ではない姿勢を示した。産地の声に歩調を合わせる構えを打ち出した形である。
山梨からは緊張感のある反応が返ってきた。2025年9月25日、長崎幸太郎知事は農相に直談判し、まずは日本からの輸出先を増やすよう求めた。ライセンス供与が先行すれば、国産の競争力が目減りしかねないという危機感が背中を押した。会談の場では「国際市場で対等に競える環境づくり」を求める声が上がり、国と産地の距離感が改めて露わになった。
一方で、国が海外と協調してブランドを守る構図は、国内の監視網だけでは追いつかなくなった現実の裏返しでもある。正規ライセンスで現地生産者を管理下に置けば、品質基準の維持や無断栽培の監視強化に道が開く。周年での供給を組み立てマーケットの席を確保し、日本発ブランドの主導権を保ちたいという狙いが透けて見える。
産地の不安と国の狙い
産地にとって最大の懸念は、育ててきた付加価値の希薄化である。海外生産が広がれば、価格競争の圧力が国内の畑まで押し寄せる。とりわけ鮮度や選果、房づくりなど、細部の技が価値を決める果実では、ラベル一つで品質の線引きが曖昧になりやすい。輸出解禁の遅れが続く国・地域が残る中で、国産側の土俵が整わないまま海外に先に旗が立つことへのやるせなさもある。
国の側には、侵害対策を実効化するために「戦略的なライセンス」を活用する青写真がある。政府白書は、育成者権者に代わり海外登録や管理された海外生産を担う仕組みを推進し、ライセンス収入を次の品種開発に還流させる狙いを明記している。登録品種の管理を徹底しつつ、輸出の足腰を強めるという、守りと攻めを同時に走らせる発想である。制度の射程に、シャインマスカットのような象徴品種が入ってきた格好だ。
仮に海外供与が具体化するなら、契約設計が生命線になる。日本向け流通を制限し、品質・残留基準・商標使用の厳格な条件で縛る。DNA識別などでトレーサビリティを担保し、違反時は即時停止と損害賠償を盛り込む。現地当局や業界との連携監視も欠かせない。産地が納得しうる「守りの網」と、国際市場で競うための「攻めの線路」を、同じ図面に描けるかが問われる。
「日本の資産」をどう守るか
シャインマスカットは、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構が「安芸津21号」と「白南」を交配して育成した公的品種である。2003年に品種登録を出願し、2006年に登録が成立。育成者権者は公的機関で、登録段階から輸出行為の制限が付されている。日本が育てた知的財産として、守りと活用のバランスをどう取るかが一段と重くなっている。
過去の流出で、中国や韓国での生産が拡大し、東南アジアに廉価品が出回る現実がある。国内法は2022年4月から登録品種の自家増殖を許諾制とし、海外持ち出しも厳しく縛ったが、国境の外で起きる侵害に単独では限界がある。だからこそ、正規ライセンスで現地市場を整え、同時に不正流通を締め上げるという二段構えが浮上してきた。
産地の納得を得る道筋は、拙速を避け、順番を間違えないことに尽きる。まずは日本発の輸出ルートを広げ、需要期を逃さぬロジと検疫の地ならしを進める。並行して、GIや原産地表示、等級基準を磨き、国産の価値訴求を徹底する。海外供与は、その延長線上で監視と品質保証を現地と共有できる段階に達してからでよい。小泉農相が口にした「産地の理解」を実像にするには、対話の細部に政策の重心を置くことが要る。
いま日本は、畑で生まれた価値を世界でどう守り、どう稼ぐかの正念場に立っている。ニュージーランドとの交渉は、その試金石である。日本の畑の矜持を背負いながら、国際市場の荒波に耐える仕組みを、拙速ではなく周到に組み上げたい。
