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連邦地裁の法廷で判事が静かに言い渡すと、傍聴席の空気がわずかに揺れた。2025年11月20日、米首都ワシントンで、トランプ大統領によるナショナルガード派遣を当面止めるよう命じる判断が示されたのである。8月から続く軍の存在に揺れてきた街にとって大きな転機だが、判決の効力は政権側の控訴に備え12月11日まで凍結され、通りにはなお迷彩服の列が残ったままだ。
首都ワシントンで何が争われたのか
発端は2025年8月11日、トランプ氏が「犯罪緊急事態」を宣言し、ホームルール法に基づいてワシントン市警の指揮権を連邦政府に移したことにある。同時に、首都ワシントン所在の部隊だけでなく、ウェストバージニアやサウスカロライナ、オハイオなど複数の州兵が治安任務に動員された。最盛期には2000人超が議会議事堂周辺やナショナル・モール、地下鉄駅を巡回し、連日多くの逮捕者が出る状況が続いていた。
これに対し、ワシントン市のブライアン・シュワルブ司法長官は9月、派遣の差し止めを求め連邦地裁に訴えた。市長の要請もないまま軍を日常的な犯罪対策に使うのは違法な「軍事占領」だと主張し、ムリエル・バウザー市長もSNSで「自国市民を兵士が取り締まるのは米国らしくない」と批判を繰り返してきた。ジア・コブ判事は今回の判決で、大統領は連邦資産の保護など限定された目的にとどまるべきで、広範な街頭警備に州兵を用いる権限はないと指摘し、派遣の一時停止を命じた。
大統領権限とホームルール法をどう線引きするか
ワシントンは州ではなく連邦直轄地であり、1973年制定のホームルール法によって、住民自治と連邦政府の権限が細かく仕切られている。治安悪化など「特別な緊急事態」の際には、大統領が首都警察の指揮を引き取れる一方、市側の同意なしに軍を日常的な犯罪抑止に使うことまでは想定されていないとされる。今回の判決は、この解釈をめぐる長年の曖昧さに正面から踏み込み、大統領の裁量にも司法による明確な歯止めが必要だと示した点で重みがある。
トランプ政権の州兵派遣をめぐる法廷闘争は、ワシントンにとどまらない。ロサンゼルスでは移民政策への抗議に対応した派遣が一度違法と認定され、シカゴやポートランドでも合憲性を争う訴訟が続いている。一方で、ポートランドの事案では控訴裁判所の一部が「違法の証拠はない」と判断するなど、司法の見解は分かれている。連邦直轄地である首都での今回の判断は、大統領が他の都市に兵を送る際の法的な境界線を、今後どこまで引き直すのかという全国的な議論にも波紋を広げつつある。
軍靴の響きと日常のあいだで揺れる市民
8月以降、ナショナルガードの隊員たちは議会議事堂や連邦庁舎、主要駅の出入り口に立ち、迷彩服とライフルを携えながら「存在感のある警備」を続けてきた。任務はパトロールだけでなく、道路の清掃や緑地の整備といった美化活動にも及び、政権側は暴力犯罪の減少を成果として強調する。だが隊員の多くは軍事訓練を積んでいても地域警察の経験は乏しく、住民からは「銃を持つ兵士に見守られる日常」への違和感や、誤認逮捕への不安の声が繰り返し上がっていた。
バウザー市長は派遣そのものには警戒を示しつつ、限られた自治権の中で連邦政府と協調し、街の利益につながる形で資源を引き出そうとしてきた。一方、シュワルブ司法長官は「軍の治安利用が常態化すれば、大統領がどこへでも兵を送れる危険な前例になる」と警鐘を鳴らす。犯罪抑止を歓迎する声と、治安の名の下に広がる国家権力への懸念とが、いまも夜のモールを行き交う市民の足音の中で静かに交差している。
判決が最終的に確定するかどうかは控訴審の行方次第だが、ライトに照らされた兵士の影が長く伸びる首都の歩道には、法と自治をめぐるせめぎ合いがなお続くことを予感させる空気が漂っている。
