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政府は、法律婚で名字を変えた人が旧姓を公的に使いやすくなるよう、夫婦同姓の枠組みを保ったまま新たな制度づくりを進めている。来年1月からの通常国会に、旧姓の通称使用に法的な根拠を与える法案を提出する方針だ。役所や金融機関などでの手続きの負担を減らす狙いとされるが、「名前」をめぐる長年の議論は、これでどこまで前に進むのだろうか。
旧姓で暮らす人たちが抱えてきた小さな大きな負担
結婚後も仕事上は旧姓を名乗り続ける人は少なくない。名刺やメールアドレス、社内システムでは旧姓なのに、運転免許証や健康保険証、銀行口座は戸籍上の姓というように、場面ごとに名前が揺れる。本人確認のたびに事情を説明したり、子どもの学校や保育園で「保護者の姓が違う理由」を問われたりと、目に見えにくい負担が重なってきた。
こうした不便を和らげようと、住民票やマイナンバーカードに旧姓を併記できる自治体・制度はすでに広がっている。しかし、どこまで旧姓が通用するかは役所や企業ごとにルールが異なり、転居や転職のたびに確認が必要だ。銀行口座名義と給与振込名義が一致せず処理が止まる、住宅ローンや保険契約で書類の書き分けを求められるといった戸惑いも、各紙の取材でたびたび報じられてきた。
政府が目指す法制化は、こうした通称使用を個々の現場判断に委ねるのではなく、行政手続きや金融機関などで広く使えるようにし、法律に明確な根拠を与えるものとされる。名字を変えた側が、自分のこれまでのキャリアや人間関係と、窓口での「説明の手間」との間で選択を迫られないようにすることが、今回の一歩の出発点にある。
夫婦同姓を維持したまま、なぜ今「旧姓」を法制化するのか
日本の民法は、婚姻時に夫婦どちらか一方の姓を選び、同一の氏を名乗る仕組みを定めている。実際には、多くの場合に妻が改姓してきた。選択的夫婦別姓の導入は、1996年に法制審議会が民法改正を答申しながら、国会提出に至らず棚ざらしになってきた経緯がある。その間も、仕事や地域活動で旧姓を使い続ける人が増え、通称使用は事実上広がっていった。
2025年には、立憲民主党などが選択的夫婦別姓の導入法案を提出し、衆議院で約30年ぶりに本格審議が始まった。一方で、日本維新の会は夫婦同姓を維持したまま旧姓の通称使用を法制化する独自案を国会に出し、自民党との連立合意にも「旧姓通称使用の拡充」が盛り込まれた。今回の政府方針は、こうした与党内外の動きを踏まえ、「まず通称から整える」現実的対応として位置づけられている。
ただ、日本弁護士連合会は、夫婦同姓そのものが人格権を侵害する人権問題だとして、旧姓通称使用だけでは憲法違反状態は解消されないと批判する決議を公表した。改姓に伴うアイデンティティの喪失感や、戸籍名と通称の併用による混乱は残るという指摘だ。今回の法案は、不便さの軽減という実務的な課題に応えつつ、「そもそも名字を変えさせるべきなのか」という根本問題を先送りする性格も併せ持つ。
法制化の先にある選択肢――企業と社会に問われること
企業の現場ではすでに、多くの社員が名札やメールで旧姓を使い、社内の人事システムや名簿で両方の名前を管理している。法的な裏付けが整えば、社会保険や税の手続き、給与振込といった公的な事務とも名前の扱いをそろえやすくなり、処理ミスや本人確認のやり直しが減るという期待がある。経済界からは、国際的なビジネスの場で日本独自の姓の運用が障害になっているとの問題提起も出ている。
一方で、通称使用の範囲や手続きが省庁・自治体・企業ごとにばらばらなままでは、「どの書類でどの名前を書けばよいのか」という悩みは続く。住民票や戸籍への旧姓記載をどこまで認めるのか、マイナンバーカードや健康保険証などの本人確認書類にどう表示するのかといった設計次第で、当事者の負担は大きくも小さくもなりうる。制度の細部を詰める段階で、現場の声をどこまで汲み取れるかが問われる。
旧姓使用の法制化は、窓口での手間や書類の書き分けといった具体的な不便を軽くするうえで、一定の前進となるだろう。一方で、夫婦のどちらが名字を変えるのか、そのコストと戸惑いを誰が負うのかという根本的な問いは残る。今回の一歩を終着点とするのか、それとも将来の制度選択につなげるのか――政治の判断と、職場や地域社会の運用次第で、名字をめぐる生きづらさの重さは大きく変わっていく。
