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書類を抱えた行政書士が番号札を確かめ、窓口では登記事項証明書の束が次々と積み上がる。大阪市内で資本金500万円の法人設立が9月に急増していたことが、2025年11月8日に民間調査で明らかになった。在留資格「経営・管理」の取得要件が10月16日に厳格化される直前の動きで、移住を先に進めたい層の“駆け込み”がにわかに濃くなる。制度のねらいと現場の変化を、数字の手触りとともに追った。
大阪で見えた「500万円設立」の膨張
データベース・マーケティングを手がけるユーソナーが、大阪市内における資本金500万円での法人設立を継続的に追った。調査対象は直近2年間で、当初は月350社前後の横ばいが続いていたが、今年3月を境に右肩上がりとなり、9月には一段と勢いづいたという。現場で登記の手続きを担う士業からも、同じ金額帯の書類が目立つという声が相次いだ。
特に9月は786社に達し、8月の374社からほぼ倍増となった。登記情報や独自照合に基づく同社分析では、代表者の自宅所在地が中国にある案件が全体の4割を占めたとされる。実体の有無は個別に異なるが、制度変更の直前に最低資本金で設立を急ぐ行動が広がったことは数字から読み取れる。街のレンタルオフィスでも、同様の相談が重なったとする証言が残る。
区別の分布を見ると、中央区が最多で、西成区、北区、生野区が続いた。商業の集積や賃料、短期で住所を整えやすい環境など、立ち上げ初期のコスト構造が選択を左右した面がある。オフィスの名札は増えても、稼働の有無は外から見えにくい。設立登記という入り口のハードルが低いほど、地域の景色は短期間に塗り替わりやすいことも浮かぶ。
要件は何が変わったのか
出入国在留管理庁は、在留資格「経営・管理」の許可基準を改め、2025年10月16日に施行した。中心となるのは資本金等の基準の引き上げで、従来の500万円以上から3000万円以上へと大幅に上積みされた点である。あわせて、申請企業で常勤職員を1人以上雇用することが義務化され、申請者または常勤職員に相当程度の日本語能力を求める枠組みも整えられた。
事業計画の実効性を担保するため、専門家による確認を求める取り扱いも導入された。狙いは、移住目的で実体の薄い法人を設けるルートを閉じ、真に経営活動を行う事業へ審査資源を振り向けることにある。更新審査では公租公課の履行や労働・社会保険の適用状況も重視され、申請書類は数字と証拠で自立した説明力が試される。
経過措置は施行から3年間とされ、既存の在留者に対しては段階的に適合状況を問う。制度は一気にハードルを上げたが、正面からの起業を志す人にとっては、採用・資金・管理の体制を初期から整えることが後の信用形成につながる。許認可や金融の審査とも連動し、入口の透明性が上がるほど、地域の受け止め方も落ち着いていくはずだ。
駆け込みの余韻と街の手触り
司法書士事務所の受付で番号が進むたび、印鑑の音が小さく重なる。短期間に増えた名義の中には、事業の芽を丁寧に育てたい人もいれば、在留を先に確保したい人もいる。制度改正はその差を浮かび上がらせ、次の審査でふるいにかける。表札が増えたビルの一角では、空調の音だけが一定に流れ、稼働の気配はまだまばらだ。
自治体の窓口や関係機関は、登記の形式要件を満たす書類が押し寄せた分、事後の確認や指導の比重が増す。水際の基準だけでなく、税や社保の履行、雇用実態の継続確認が要となる。地域に根付く事業が増えるなら、コミュニティや商店街にとっても利益は大きい。反対に空洞化が続けば、短期の住所移動が残すのはポストの名義だけになりやすい。
要件が厳しくなったことで、真っ当に計画を練る起業家は早い段階から専門家と組み、採用や資金繰りを可視化する動きが広がるだろう。駆け込みが去った後の静けさの中で、看板の灯りがどれだけ残るかが、改正の実効性を物語る。通りを行き交う人の足取りは変わらないまま、ビルの郵便受けだけが、秋の名残を引きずっているように見える。
