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オペレータが画面のスイッチに触れると、遠く離れた装置がぴたりと動いた。2025年11月10日、NTTと東芝が、IOWN APN（All-Photonics Network、光技術を活用した低遅延ネットワーク）とクラウド型PLC（Programmable Logic Controller、産業機器の制御装置）を組み合わせ、約300kmの遠隔から制御周期20ms以内で生産設備を操れると発表した。AI外観検査も1設備あたり4fps（250ms）で達成し、工場DXの現場に新しい標準を示したと位置づける。
遠隔で“工場の中枢”が動く
舞台はNTT武蔵野開発研究センタだ。ここに、生産設備とクラウド型PLCの間に相当する距離の模擬環境を組み、操作と応答の一致を丁寧に詰めた。鍵は、信号の遅れだけでなく、ばらつきの抑制にある。設備は一定のリズムで命令を受け取り続ける必要があり、その揺らぎが少ないほど制御の安定性は増す。光を主役にしたネットワークが、ここで効いた。
東芝のクラウド型PLC「Meister Controller Cloud PLCパッケージ typeN1」は、従来は現場に置いていた制御機能をクラウドへ移し、設定や保守を遠隔で完結させる発想だ。これまでは応答に余裕のある工程を中心に導入してきたが、今回の検証で速度面のハードルが一段下がった。制御の核をクラウドに集約できれば、ライン増設や条件変更の作業設計が変わってくる。
画像検査でも手応えがあった。NTTドコモソリューションズの「Deeptector」（画像認識AIソリューション）と、メモリ上のデータを直接やり取りするRDMAを長距離でも扱いやすくするアクセラレーション技術を組み合わせ、短時間での検査処理を確認した。クラウド上の学習モデルを複数拠点で同じ条件に保ちやすく、品質基準のばらつきを抑える狙いに近づく。
クラウド移行が現場にもたらす余白
製造の現場は、人材不足と技術継承という二つの重しを同時に抱える。制御や検査の知見をクラウドへ引き上げることは、暗黙知を仕組みに置き換える作業でもある。設定変更や診断を遠隔で進められれば、現地派遣の頻度は下げられ、熟練者の時間を要所に振り向けやすい。負荷の分散は、現場の安全や教育の設計にも響く。
また、複数工場を同じ設計思想で運用できる利点は大きい。制御の更新をクラウドから一斉に配布し、検査のしきい値やロジックも同じ管理のもとでそろえる。現場の測定環境や設備年次の違いを、上流の設計と運用ルールで吸収できれば、量と質の両輪が整う。各拠点での微調整が減るほど、改善の議論は本質に集中していく。
工場内のネットワークには既に多様な手段がある。だが、広域をまたぐ制御は難所が多かった。今回は広い距離でも制御のリズムを守れることを確かめ、設計の自由度が広がった。工程の一部は現地、負荷の高い演算はクラウドといった役割分担を描きやすくなり、サプライチェーン全体の配置設計に選択肢が増える。
IOWN APNとRDMA、技術の要点
IOWN APNは、端から端まで光の経路を確保することで、低遅延と低ゆらぎを両立させる発想だ。電子信号の変換を減らし、データの通り道を明確に設計する。制御では、命令の届く時刻が揺れないことが安定の土台になる。今回、制御の周期が短くても破綻しない運びを確認できたことが成果の核にあたる。
RDMAアクセラレーション技術は、アプリケーション側の作法を変えずに、メモリ間通信の利点を距離の制約の外へ連れ出す工夫だ。ネットワーク越しでも転送の確実性を保ち、処理のやり直しを抑え込む。これにより、外観検査の画像データをクラウドへ素早く引き上げ、学習済みモデルの推論を無理なく回せるようにする。
東芝のクラウド型PLCは、制御コアをクラウドに置き、エッジの装置と専用の通信で結ぶ。現地の入出力や安全系は保ちながら、上位のロジックや管理は共通化する構えだ。結果として、制御の作り替えに伴う停止時間や検証の手順を標準化しやすく、工程変更のコストを見通しやすくする。標準要件に沿った検査時間の達成は、その現実味を支える指標になった。
実装へ向けた道筋
両社は、今回の成果をサービスとして形にする準備を進め、2027年度以降の実用化を見込む。展示会での紹介も予定され、研究施設と会場を実回線でつないだ遠隔デモを行う計画だ。制御と検査に加え、故障の予兆検知などの高度処理もクラウドへ寄せれば、設備の手当てや電力の配分に新しい最適化の余地が生まれる。
操作卓の前で、技術者の手は少しだけ軽くなっている。記録は、今も静かに積み重なっている。
