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捜査の歯車が逆回転を始めた。大川原化工機の大川原正明社長らが2025年9月29日、東京都内で会見し、警視庁公安部の元捜査員2人の不起訴を「不当」とした検察審査会の議決を受け、東京地検に再捜査の徹底と起訴を求めた。議決は9月17日付で、噴霧乾燥機の温度測定実験をめぐる捜査報告書の虚偽記載疑惑に光を当てる内容とされる。誤った捜査の検証が司法の責任へと踏み込むか、節目の局面に入った。
会見が描いた「次の一手」
会見のマイクの前で社長は低い声で区切った。「検察審査会の結論は妥当。きっちり起訴に持っていっていただきたい」。言葉は短く、意図は明確だった。議決を出したのは東京第六検察審査会で、対象は当時の捜査員2人の不起訴処分である。議決により地検は再捜査に入る。刑事責任の有無を改めて判断することになり、冤罪の起点となった判断の正否が、刑事手続の土俵で吟味される段階へ移る。
弁護団の高田剛弁護士は「起訴してくださいというメッセージが込められている」と語った。検察審査会の議決は直ちに起訴を命じるものではないが、再捜査の質を縛る足場になる。今回の議決は、温度実験の捜査報告書に不利なデータが記されていない疑いを重視した内容と伝えられる。事実関係の確定はこれからだが、審査会が虚偽記載の構造に踏み込んだ点は重い。
争点は「温度」――何が報告書からこぼれたのか
噴霧乾燥機が輸出規制の対象かは、内部が一定の高温を維持できるかが鍵だった。温度が目安に届かない構造であれば、規制の対象外となる。起訴取り消し後の過程で、測定点の一部では温度が上がりにくい結果が示されていたことが記録で浮かんだ。測定点は複数に及び、うち1か所では基準とされた温度を長時間維持できなかったと指摘されている。にもかかわらず、報告書に反映されたのは温度が高く出た箇所の数値に偏ったとする主張が続いてきた。
こうした構図は裁判でも焦点化している。温度が上がりづらい箇所の存在は、実験で裏づけ可能だったとする見方がある一方、「内部ではない場所の数値だ」などの反論も示されてきた。測定の設定、記録の選別、報告の作法。どこで線引きが行われ、誰が最終判断を下したのか。審査会の議決は、報告書の作成過程に意図的な選別がなかったかを問い直す土台になる。温度という物理量が、組織の意思決定の温度差をあぶり出している。
確定判決と謝罪、その先の責任
背景には、民事で確定した厳しい司法判断がある。東京高裁は5月28日、警視庁と東京地検の捜査を違法と認め、国と都に計約1億6600万円の賠償を命じた。都と国は6月11日に上告を断念し、12日に判決が確定した。警視庁と検察は当時の捜査を検証するとし、本人への謝罪の意向も示した。違法捜査の認定が確定する中で、刑事責任の有無という次の段が、検察審査会の議決を受けて改めて俎上に載る形である。
検察審査会は今年3月、別件で当時の捜査員の不起訴を「不当」と議決した経緯がある。弁解録取書の破棄を「過失」と記した報告を虚偽とみなし、再捜査を促した。組織の手続をめぐる見立てに対し、市民による審査が連続してブレーキをかけた格好だ。今回の議決は、立件の土台となる実験と報告の正確性という核心を射程に置く。会見で社長が口にした「起訴」という二文字の重みは、確定判決の先に残された説明責任の輪郭でもある。
逮捕と起訴は2020年にさかのぼる。起訴は翌年に取り消されたが、長期勾留や企業活動への打撃は深く、1件の捜査が社会に落とす影は長い。温度計の位置、数値の扱い、文書の記載。小さな判断の積み重ねが、大きな不利益に転じた経緯にこそ、検証の核心が宿る。再捜査は、誰が、いつ、何を根拠に線を引いたのかを、記録に基づき可視化する作業であるべきだ。数字の透明性が担保されてこそ、組織の信頼は回復に向かう。
市民が下した「不起訴不当」の評価は、処分の結論だけではなく、過程を問い直す機会でもある。温度という客観指標をめぐる捜査の作法が、検察の判断とどう交差したのか。会見で示された「きっちり」という言葉は、厳罰を求める号砲ではなく、事実に即した検証と説明の徹底を求める合図に聞こえた。再発防止策の言葉を現場に落とし込むには、記録の正確さと、異論を記録に残す文化が不可欠だ。再捜査の針路は、そこに向けて真っ直ぐでありたい。
