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薄明の海の底で、国家の血流が走る。政府は経済安全保障の観点から、海底通信ケーブル分野への支援を拡充し、敷設や保守まで視野に入れた産業・運用基盤の底上げに動いている。経済産業省は2025年4月15日に有識者会議で海底ケーブルを重要技術に位置づける方針を示し、その後、具体策の詰めを進めている。通信の根幹を守る施策である。
政策の狙いと枠組み
現時点で確認されている範囲では、政府の狙いは二重だ。第一に、海底ケーブルを巡る我が国の競争力を維持・強化すること。第二に、災害や国際緊張時にも通信を保ち得るレジリエンスを高めることである。経済産業省は、研究開発の助成に加え、敷設船の確保や海外展開、保守体制の強化など、ハードと役務を束ねた支援の方向性を示している。政策の焦点は、製造・施工・運用の一気通貫の強化に置かれていると映る。
制度面では、経済安全保障推進法が示す四本柱が下支えになる。同法は「特定重要物資」の安定供給や「特定社会基盤役務」の安定提供を含む枠組みを備え、官民の計画認定や助成の根拠を与えている。海底ケーブル分野での支援も、この既存の制度と整合させつつ、調達・施工・保守というライフサイクル全体の強靱化へ誘導する発想だ。既存の縦割りを越え、調達の透明性や国内外サプライヤーの多元化も併走させる。
加えて、需要の波や建造コストの高さがネックとなる敷設船・保守船の確保、陸揚局や電源系の冗長化、人材の裾野拡大といった運用課題も政策対象に入る。国内メーカーの製造拠点、設備投資、標準化対応の三位一体で底上げし、公共調達や準市場メカニズムの設計で平準化需要をつくる構図である。支援は単発の補助ではなく、民間投資を呼び込み得る制度設計に重心を置くべき局面に来ている。
国際情勢とリスク
世界では、海底ケーブルをめぐる地政学リスクが顕在化している。近年、海外でのケーブル損傷事案や、修理・保守過程に関するセキュリティ上の懸念が注目を集め、回復までの時間が経済活動に直結する現実が広く共有された。そうした流れを受け、日本でも保守力の底上げ、自律的な復旧能力の強化、施工・保守でのトレーサビリティ確保が重要な政策テーマとして定着しつつある。
脆弱性は海底だけに潜むわけではない。陸揚局や電源・監視系、揚陸路の浅海域といったボトルネックも多い。保守船の不足や、海象条件・各国の許認可に左右される修理日数の不確実性も、復旧時間を押し広げる要因だ。ゆえに、ケーブルの多重化や迂回ルートの確保、迅速な点検・修理に資するソナー・ROV技術の導入、国内外の通報・共同訓練の仕組み作りが欠かせない。
同時に、サプライチェーンの偏在と情報保全の課題は国際連携でしか解けない側面がある。各国の規制・審査と産業の国際分業は、時に摩擦を生むが、共通の到達点は「安全な接続性の確保」で共有されている。日本の施策は、同盟・同志国の枠組みや標準化の場と歩調を合わせつつ、国内の施工・保守力という地力を磨く方向で整合している。技術と運用の両輪をそろえることが、抑止と復旧の実効性を同時に高める。
産業構造と競争環境
2025年4月15日に経済産業省は有識者会議で海底ケーブルを重要技術に位置づける方針を示し、7月7日には支援の具体像を公表した。世界の海底ケーブルは約500本、総延長は約150万キロに達し、日本の国際通信の大宗を担う。2011〜24年の累計敷設距離ベースでは、日米仏の大手3社が大半を占め、NECは約21%、中国勢は約8%まで拡大している。数字は産業の現実と課題を物語る。
日本の強みは、長距離大容量の光伝送や中継器・終端装置における高い技術だ。一方で、敷設船の保有や建造負担、需要の波による設備稼働率のブレはボトルネックとなりやすい。ここに政策支援が入れば、施工能力の底上げや修理の迅速化、供給網の可視化といった複合効果が期待できる。ケーブルルートの多重化や陸揚局の冗長化と併せ、統合設計でリスクを削る発想が求められる。
比較の視点を入れれば、欧州でも重要インフラ保護を軸に官民の保守体制や監視の強化が進む。日本は、同盟・地域枠組みでの共同演習や通報ルートの整備に加え、国内の産業集積を保ち、アジア太平洋のプロジェクトで存在感を示すことが肝要だ。産業支援と安全保障を同じ座標軸に載せる試みは始まったばかりで、技術と政策の歩調は、なお探り合いの最中にある。
