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ロンドンの薄曇りの午後、長い亡命生活を送ってきた男が静かに口を開いた。バングラデシュ民族主義党（BNP）総裁代理のタリク・ラーマン氏が、約20年ぶりの対面インタビューで帰国の意向を明言したのである。暫定政権の下で進む選挙準備、失脚したシェイク・ハシナ氏の不在、そして流血の記憶。次の一票は、体制の転換を本物にできるのかを測る分岐点と映る。
静かな部屋で告げられた「帰国」の二文字
照明の落ちた室内で、スーツに身を包んだラーマン氏は「時は来た」と語った。2008年から英国に滞在してきた彼にとって、帰国は政治的復帰の合図にほかならない。2025年10月6日、主要紙の対面インタビューで彼は「近く戻る」と踏み込んだ。長年の空白を埋める一言に、ダッカの街角では期待と警戒が交錯している。
BNPは長らく圧力にさらされてきたが、2024年の市民蜂起とそれに続く権力交代で風向きが変わった。党勢回復の象徴としての「帰国」は、支持層の結束を促すだろう。他方で、過去の訴追が政治的争点として蒸し返される可能性は残る。彼の帰還は単なる帰郷ではなく、政権移行の速度と方向を決める重い選択に重なる。
誰に有利なのか。党首カレダ・ジア氏の健康不安が続くなか、58歳のラーマン氏は事実上の首相候補と目される。主要メディアが伝えた対面インタビューは、党内の力学にも揺さぶりをかける。若い世代の政治参加が広がる今、彼の語彙や態度が新しい支持の扉を開くのか、それとも古い分断を深めるのかが問われる。
選挙の地平線は見えたが、道筋はなお揺れる
選挙はいつか。暫定政権を率いるムハマド・ユヌス氏は、2025年4月19日に国内外の選挙監視団体に対し、投票を2025年12月から2026年6月の間に実施すると説明した。工程の幅は広いが、与野党関係者のあいだでは2026年2月案が現実味を帯びるとの見方が広がっている。準備の段取りは整いつつあるが、肝心なのは参加の顔ぶれである。
長年政権を担ってきたアワミ連盟は、統治期の人権侵害をめぐり厳しい追及の渦中にある。現時点で確認されている範囲では、同党の政治活動は大きく制限され、選挙参加の行方は不透明だ。主要な政敵が不在となる場合、BNPの優位は確かに見える。ただし、それは民主主義の競争を痩せさせないかという問いを同時に投げかける。
一方で、学生運動の指導層やイスラム系勢力の再編も進む。最高裁の判断を経て、かつて登録抹消となっていた勢力が政治参加の道を再び開く動きも伝えられている。暫定政権は選挙制度や治安運用の改善を掲げるが、実務の遅れは否めない。改革が理念倒れに終わるのか、実効性を伴うのか。偶然ではなく必然としての公正な選挙を設計できるかが試される。
流血の記憶と法の裁き、そして隣国インドの影
2024年の抗議行動は同国の政治地図を塗り替えた。国連関係者の調査に基づく推計では、最大で約1400人が命を落としたと報じられている。犠牲の多くは若者で、記憶は今も街角に残る。選挙は、この痛ましい代償にどう応えるのかという倫理の試験でもある。治安部隊の責任や補償の枠組みは、次期政権の正統性を左右する軸となる。
ハシナ氏が退陣に追い込まれた後、2025年6月1日にダッカの特別法廷で人道に対する罪の審理が開始された。本人不在のまま進む訴追には国際的な関心が集まり、同氏の側近や治安当局幹部にも法の網は及んでいる。逮捕状の存在は公知となり、政治と司法の境界線が問われる局面が続く。過去の清算は、勝者の正義で終わらせてはならない。
インドに身を寄せるとされるハシナ氏の扱いは、二国間関係の新たな火種になっている。国境と経済が緊密に結びつく隣国にとって、亡命指導者の去就は内政と外交の境界を曖昧にする。ダッカの政界では、対印関係をどう再設計するかが政権選択の隠れた争点だ。ラーマン氏の帰国が実現するなら、その第一歩は地域外交の再構築から始まるとみられる。
