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エンジン音が響く大統領専用機の通路で、トランプ大統領が記者団の方へ体を向けた。「それがディールメーカーの仕事だ」。ロシア側との電話会議録が漏えいし、特使スティーブ・ウィトコフ氏への疑念が渦巻く中、その一言は機内の空気をわずかに変えた。批判が高まる特使を守るのか、それとも距離を取るのか。発言の行間には、長引く戦争をどう終わらせるのかという、重い問いがにじんでいた。
専用機での擁護発言が映した「交渉」の物差し
11月25日、トランプ氏は専用機内で報道陣から質問を受けた。ウィトコフ氏がロシア側に助言したとされる会話録について問われると、「彼はウクライナにこれを売り込まなければならないし、ウクライナをロシアに売り込まなければならない」と語り、交渉役として当然の振る舞いだと強調した。さらに「標準的な交渉だと聞いている」と述べ、ロシアだけでなくウクライナにも同様のことを伝えているはずだと説明し、自らの側近を公然とかばった。
その一方で、トランプ氏は戦況の厳しさにも言及した。ロシア軍の兵力が優位であり、戦争は「何年も続く可能性がある」と話し、もしウクライナが合意を受け入れられるなら「良いことだ」とも述べた。ここには、早期停戦を優先する現実的な計算と、領土や主権をどこまで譲るのかという難題が重なっている。共和党内の対ロ強硬派は、こうした姿勢を「譲歩が先行しすぎている」と見ており、同じ政党の中でも、戦争終結への道筋をめぐる物差しの違いがはっきり浮かび上がっている。
5分間の電話がつないだ首脳会談の段取り
問題の発端となったのは、2025年10月14日に行われた約5分間の電話だった。トランプ氏の特使であるウィトコフ氏は、プーチン大統領の外交顧問ウシャコフ氏と話し合い、ウクライナ戦争の停戦に向けた和平案について意見を交わした。ガザ地区での停戦合意を仲介した直後だったウィトコフ氏は、その「20項目の和平パッケージ」をひな型に、米ロが協力してウクライナ向けの新たな枠組みを作ることを提案したとされる。
電話の中で特使は、トランプ氏とプーチン氏の首脳電話を、ウクライナのゼレンスキー大統領がホワイトハウスを訪れる前に設定することを勧めた。ガザ停戦で得た成功体験を入り口に、ロシア側からトランプ氏を「平和の人」と持ち上げてから本題に入る――そんな段取りまで踏み込んだ助言があったと、各国メディアは伝えている。16日には実際に首脳電話が行われ、その翌日にゼレンスキー氏がワシントンを訪問したことを考えると、短い通話が日程全体の流れを形づくす役割を果たしたことがうかがえる。
さらに会話録には、特使が「和平を実現するにはドネツクの実効支配と、どこか別の地域との領土交換が必要だ」と私見を述べたうえで、そうした中身はあからさまにせず、希望を強調する語り方をすべきだと助言した様子も記録されている。のちに明らかになった28項目の和平案には、前線の凍結やウクライナ軍の規模縮小、NATO（北大西洋条約機構）加盟の断念といった条件が盛り込まれ、主権や安全保障を脅かしかねない内容だとする懸念が欧州やウクライナ支持国から相次いだ。
誰のための「和平案」なのか問われている
会議録が公になったあと、米国内では反応が割れた。ロシアに厳しい立場を取る共和党のベーコン下院議員は、ウィトコフ氏がロシアに寄りすぎているとして解任を要求し、民主党議員の一部も「裏切り者だ」と激しい言葉で非難した。一方ホワイトハウスは、録音の存在を否定せず、特使の行動は交渉を前に進めるための通常のやりとりだと擁護している。ロシア側でもペスコフ報道官らが会談の存在を事実上認めつつ、録音の流出は対話を妨害する情報戦だと反発し、互いに「誰がリークしたのか」をめぐる疑心暗鬼が広がった。
ただ、焦点となっているのは録音そのものよりも、その中身が意味するものだ。領土割譲や同盟政策の変更を含む案は、砲声を止める近道のように見える一方、ウクライナの主権と将来の安全を長期にわたって縛る可能性がある。トランプ氏がガザ停戦で用いた「まず撃ち合いを止める」手法を欧州に持ち込もうとしている、との見方もあるが、中東と東欧では紛争の歴史も関わる国々も大きく異なる。和平案を「取引」として扱うアプローチが、ウクライナ社会や周辺国の信頼をどこまで得られるのかは不透明だ。
長い戦争の疲れと、早く血を止めたいという切実な願い。そのあいだで、どこまで譲り、何を残すのかという線引きは簡単には決まらない。いま公開されたのは、たった数分の通話と数枚の文書にすぎないが、その背後には、戦場とは離れた静かな部屋で続いてきた言葉の応酬と、そこで配られてきた重いカードの影が見えてくる。
