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カリブ海の夜を裂く火柱の動画が広がった直後、ホワイトハウスの空気は一段と険しくなった。トランプ米大統領は、麻薬組織との関係を「武力紛争」と位置づけ、米軍行動の法的根拠を強調した。2日に報道が入手したとされる国防総省の議会通知は、ベネズエラ沖の「麻薬運搬船」攻撃を正当化する内容だという。麻薬対策が国家安全保障の最前線へ押し出される構図が浮かぶ。
権限の根拠はどこにあるのか――「テロ指定」と武力行使の接点
通知文書は、麻薬組織を「非国家武装集団」とみなし、その行動を米国への武力攻撃と評価したと伝えられる。容疑者を「不法戦闘員」と呼ぶ記述まで含むという。大統領は武力紛争法に基づく対応だと位置づけ、米軍の関与を正当化したとされる。現時点で全文は公表されておらず、正確な法令の適用範囲は限定的にしか見えない。
一方で、この「武力紛争」フレーミングを後押しする制度面の動きは確かに積み上がっている。2025年2月20日、米政府はベネズエラ発祥の犯罪組織「トレン・デ・アラグア」を外国テロ組織（FTO）および特別指定グローバルテロリスト（SDGT）として扱う枠組みを整えた。6月24日には財務省が同組織幹部を制裁指定し、対外的にも「テロ」との戦いの姿勢を鮮明にしたと映る。
ただし、テロ指定が直ちに公海上の致死的武力行使を包括的に許容するわけではない。国内法では大統領の自衛権限や既存の対テロ権限の適用が論点となり、国際法では自衛権や海洋法上の管轄が吟味される。誰に有利な解釈なのか。通知が想定する敵の範囲や交戦基準の閾値がどこに置かれているのかが、今後の焦点になるとみられる。
現場で何が起きたのか――映像、死者数、そして食い違い
発端は、航行中の小型船が閃光とともに炎上する約30秒の動画だった。トランプ氏は2025年9月3日（日本時間）までに、ベネズエラの「トレン・デ・アラグア」の船舶を米軍が攻撃し、米側の被害はないと主張した。報道では、この攻撃で少なくとも11人が死亡したとされ、従来の麻薬対策からの逸脱だとの見方が広がった。
これに対し、ベネズエラ政府側は動画の真偽に疑義を呈し、生成AIによる偽造の可能性まで示唆した。さらに、10月2日に入手したとする国防総省の通知は、国際水域での少なくとも3回の攻撃を挙げ、死者は少なくとも14人に上ると説明したという。時系列と数字は揺れており、確定情報は限定的だが、いずれにせよ致死性の高い実力行使が複数回あった像は否定しにくい。
ホワイトハウスのアナ・ケリー報道官は「大統領は猛毒の流入を防ぐため、武力紛争法に基づいて行動した」と強調し、国家安全保障上の脅威を除去する公約の履行だと述べたと報じられる。他方で法律家の間では、海上での疑わしい船舶に対する致死的武力の行使が、執行措置の範囲を超えるのではないかとの疑問が根強い。映像の信頼性、標的識別、比例性の確保といった論点が重なり、霧は晴れていない。
国際法の地平――「不法戦闘員」をめぐる危うい線引き
通知には容疑者を「不法戦闘員」と呼ぶ記載があるとされるが、このラベリングは重大な含意をもつ。国家間の武力紛争でない状況で非国家主体に交戦主体性を認めるか、あるいは国内の治安執行として扱うかで、適用される法体系が変わるからだ。武力紛争と位置づけるならば、交戦法規に基づく軍事目標の選定、捕虜の扱い、民間人保護が問われることになる。
一方、治安執行の延長であれば、臨検・拿捕や追跡は国際海洋法と各国刑事法の枠内で行われ、殺傷の閾値はより厳しくなる。米側はテロ指定の拡充で「戦闘」の法的土台を厚くしてきたが、国際海域での致死的措置が直ちに正当化されるかは別問題である。現時点で確認されている範囲では、標的とされた船舶の武装状況、即時の脅威の有無、退避警告の方法など、核心の事実がなお断片的だ。
偶然の連続か、必然の戦略か。カリブ海への艦隊派遣、FTO・SDGT指定、そして通知文書の文言は一本の線でつながる。だが、線の太さは証拠と公開性に比例する。議会通知の全面公開、作戦規則（ROE）の検証、死亡者の身元と関与の立証が積み上がって初めて、政策と法の整合性は確かな輪郭を得るはずだ。いま求められているのは、力ではなく説明の精度である。
