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官邸の玄関に姿を見せた日本銀行の植田和男総裁は、集まった記者に向かって静かに口を開いた。物価と賃金、そして金利の行方。高市早苗首相との初めての個別会談を終えたばかりの総裁は、急な方向転換ではなく、今続けている「少しずつ形を整える」金融政策の姿を丁寧に語った。
賃金と物価の「好循環」を見極めながら、緩和を微調整
この日植田総裁は、物価だけが先走るのではなく、賃金も一緒に上がる循環が戻りつつあるとの見方を示した。そのうえで、日銀が目標とするインフレ率2%を、ぶれの少ない形で長く保てるよう、これまでの大規模な金融緩和の度合いを段階的に調整していると説明した。利上げをどう進めるかについては、「今後のデータや情報を見極めて判断する」と述べ、具体的な時期や幅には踏み込まなかった。数値目標だけでなく、賃金や景気の足取りも合わせて見る姿勢を強調した形だ。
一方の高市首相は、強い経済成長と落ち着いた物価上昇の両立を、自らの経済運営の柱に据えてきた。急な利上げで賃上げの芽をしぼませるべきではないという議論も根強い中、今回の会談では、日銀の独立性に配慮しつつも、目指す方向について認識を合わせることが主眼となったようだ。12日の経済財政諮問会議に続き、2人だけで向き合ったこの場で、植田総裁は「経済や物価、金融情勢をさまざまな角度から率直に話し合えた」と振り返った。首相から具体的な政策の要請はなかったといい、政権交代後も「データに基づく慎重な正常化」という日銀の基本線が維持されていることを印象づけた。
共同声明の文言変更ににじむ、新政権の成長戦略
会談では、2013年に政府と日銀がまとめた共同声明も話題になった。この文書は、政府が成長戦略や財政運営を通じて経済の土台を強め、日銀が物価安定を担うという役割分担を確認したものだ。高市首相は、その第3節に書かれた政府側の組織名「日本経済再生本部」を、自らが立ち上げた「日本成長戦略本部」という名称にあらためたいと持ち掛けた。植田総裁はこれを受け入れる考えを示し、文言の変更で特段の問題はないと応じたという。文書の骨格は保ったまま、新政権の看板政策にあわせて看板の名前を掛け替える形だ。
歴代政権も、経済政策の方針を示す会議体の名前や構成を変え、自らの色を出してきた。今回は「経済再生」から「成長戦略」へと語が入れ替わることで、危機対応だけでなく中長期の投資や産業育成に力点を移す意図もうかがえる。ただ、共同声明の本質は、政府が成長力や賃上げの環境整備を進め、そのうえで日銀が2%目標の実現に責任を負うという分担にある。名前が変わっても、政府側の役割が軽くなるわけではない。植田総裁が淡々と受け止めた背景には、その点での連続性を確認しているという安心感もあったのかもしれない。
為替と独立性、政府と日銀が共有した「距離感」
もう一つの焦点が、円相場をめぐるやり取りだ。植田総裁は、為替について「もちろん議論した」と認めつつ、具体的な水準や今後の見通しには触れなかった。その代わりに、為替はファンダメンタルズ、つまり各国の成長力や金利差、貿易収支など経済の基礎条件に沿って穏やかに動くのが望ましいとの考えを改めて示した。日米の金利差や世界経済の減速などで円安と物価高への不安が広がるなか、日銀としては為替そのものを目標にはせず、物価や経済への波及を通じて間接的に注視するという立場を崩していない。
同時に植田総裁は、政府と連携しながら為替動向と景気への影響を注意深く見ていく考えを示した。高市政権は、景気の弱さや物価高への有権者の不満を踏まえ、成長と物価を両立させる舵取りに神経をとがらせている。市場では、こうした政治の思惑が日銀の利上げ判断を縛るのではないかとの見方もあるが、今回の会談では、首相が具体的な注文を避けたことで、一定の距離感と対話の窓が両立していることが確認された格好だ。官邸を後にする植田総裁の表情には重さもにじんでいたが、互いの役割を確かめ合った時間は、金融緩和からの出口を探る長い道の一場面として刻まれた。