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慶州の秋風が冷たさを帯び始めた夜、首脳らが集う長卓の一角で「貿易で合意に達した」との一言が走った。米韓の歩み寄りは、関税と投資を絡めた交渉の長い停滞に風穴を開ける可能性がある。詳細はなお伏せられ、公式文書も示されていないが、合意の大枠が固まったとの見方が広がる。アジアの供給網と為替に直結する重い一歩である。
合意発言が走った夜、交渉は最終盤へ
10月29日夜、APECの経済人対話が進む慶州で、米韓の貿易交渉に前進があったことを示す発言が伝わった。首脳夕食会の周辺で「合意に達した」との言葉が報じられ、会場の空気は一変したとみられる。他方で、ホワイトハウスや韓国政府の正式発表は記事執筆時点で確認されていない。現時点で確認されている範囲では、今週の首脳日程に合わせ最終決着を目指すシナリオが濃くなった。
交渉の焦点は関税水準と投資の枠組みにまたがる。10月中旬、韓国側の政策責任者は「実質的な進展」に言及し、米側の姿勢が柔軟化していると示唆した。ここ数週間、双方はIMF・世銀会合やAPEC関連会合の周辺で協議を重ね、最終条項の擦り合わせを続けてきた。合意が公表されれば、年内の実装手順まで一気に視界が開ける展開が想像される。
3500億ドル投資の設計図、造船から半導体まで
韓国は総額3500億ドルの投資パッケージを提示してきた。運用は覚書（MOU）で枠組みを定め、資金は出資に偏らず、保証や融資など多層で組む方針が示されている。対象はレアメタル、電池、半導体、医薬、AIや量子技術、そして造船まで幅広い。とりわけ造船には最大1500億ドルを充てる構想が語られ、関連の雇用や発注の波及が米国内でも意識されていると映る。
韓国側は、一括拠出ではなく、商業性の高い案件から順に資金を投じる慎重姿勢を崩していない。為替や外貨準備への過度な負担を避けるため、需要の裏付けや購入コミットメントなど「安全網」を組み込む考えが早い段階から示されてきた。利益配分やリスクの持ち方では米側の当初案に異論も出たが、収益設計を詰める実務協議が重ねられ、枠組みは磨かれつつあるとみられる。
平均関税15%の現実、重く長い影
交渉の根底には、米国の新たな関税政策がある。韓国に対する平均関税はゼロからおおむね15%へ引き上げられたとされ、従来の自由貿易の前提は崩れた。仮に今回の合意で最悪シナリオは回避できても、15%という水準は自動車や鉄鋼など主要品目に重くのしかかる。韓国銀行は成長率の押し下げを試算し、来年にかけての景気下押し圧力を警戒している。
一方で、投資パッケージが稼働し、米国内の発注や購買と連動する形で供給網が再編されれば、負担の一部は相殺される余地もある。競合国との相対比較では、韓国の産業構造が関税の影響を受けやすい側面も否めない。だからこそ、今回の合意が単なる「関税の値札合わせ」に終わらず、案件ごとの実効性と資金循環をどう確保するかが問われる局面に入ったといえる。
慶州でのAPEC日程は30日まで閣僚会合、31日から首脳会合が続く。ここで発表される最終文言は、産業政策と安全保障の接点をどう描くかの試金石になる。合意の全文と実施計画が示されれば、為替やサプライチェーンの期待と警戒がせめぎ合う中で、市場は改めて織り込みを迫られるはずだ。秋の夜に駆けた一報は、冬に向けて長い影を落としている。
