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カリブ海から吹く湿った風が滑走路を渡り、兵士の視線は空へ向いた。2025年10月2日、ベネズエラのパドリノ国防相が空軍基地で口を開き、同国沿岸近くで戦闘機5機を確認したと非難した出来事である。挑発だと受け止めた政府は危機感を強め、域内の緊張は一段と高まった。何が見え、何が見えていないのか。距離と法、意図と受け止めの狭間が浮かぶ。
沿岸上空で何が見えたのか
発言は乾いたアスファルトに響いた。「帝国の戦闘機が、沿岸近くまであえて接近してきた」。国営テレビの前で、パドリノ国防相はそう強調したと伝えられている。確認された機数は5。対象は「戦闘機」とされ、挑発であり国家安全保障への脅威だとの語り口が続いたとみられる。言葉の温度は高く、現場の空気も張りつめた。
同日後に出た政府声明では、コロンビアのアビアンカ航空がベネズエラ沿岸およそ75キロの地点で戦闘機の存在を報告したと説明した。距離の提示は珍しく、事実認定の軸を「どこを飛んだか」に置いた格好である。一方で、米国防総省のコメントは本稿執筆時点の10月3日までに確認されていない。受け止めの非対称性が残る。
一部報道では、対象機がF-35と指摘された。速度や高度の数値にも言及があったとされるが、機種や隊形、飛行ルートの詳細は依然として断片的だ。民間機からの通報があったという点は記録性が高いが、軍の公式レーダー記録や無線交信の開示は限定的で、情報の粒度にはばらつきがあると映る。
近づく影、広がる海—麻薬対策と軍事のあわい
米国側はカリブ海での展開を「麻薬密輸対策」と位置づけてきた。実際、沿海域では米沿岸警備隊や多国間パートナーによる拿捕と押収が相次ぎ、複数の容疑者が本土で訴追に移されている。法執行の枠組みで運用される任務であることを、米軍は繰り返し強調している。任務の可視化が増すほど、周辺国の警戒も増す皮肉がある。
対照的に、ベネズエラ政府はこれらの動きを「地域の平和を乱す行為」として警戒を強めてきた。演習や配備の報が重なるたび、政府は主権と防衛の言葉を前面に出し、抑止の意思を内外に示している。9月以降、米軍の最新鋭機がプエルトリコに展開したとの報も重なり、相互の「見せる」行為が緊張の温度を上げている構図だ。
国防相は「攻撃されれば全国動員もあり得る」と言及し、大統領が署名した「外的騒乱」の非常措置にも触れたとされる。国内の経済や生活の安定を守るためだと強調する一方、「例外」の運用は周縁への影響を常に伴う。抑止か過熱か。誰に有利なのかという問いが、政策と現場のあいだで行き来している。
緊張の座標—法と距離の意味
沿岸から約75キロは、領海（約22キロ）を超え、排他的経済水域の内側に位置する距離である。国際法上、他国機の国際空域飛行は直ちに違法とはならないが、頻度や編成は圧力として受け止められやすい。逆に、受信側の探知と公表は相手の意図を量るメッセージになり、双方の「見せ合い」がエスカレーションの素地を作る。
今回のケースでは、民間機の視認報告と軍の探知という二つの線が交わる。こうした事案では、航跡と交信のログ、IFF応答の有無が検証の鍵になる。現時点で確認されている範囲では、飛行ルートの公的データが十分に示されておらず、評価は暫定的だ。可視化される情報の欠落が、疑心暗鬼を育てる構図も見逃せない。
次に問われるのは、緊急連絡線の活用と、行動基準のすり合わせである。意図せぬ接近や誤認は、偶然の重なりで危機に変わる。米側の公式見解、機種の確定、飛行の法的位置づけ、そして地域機関の関与。積み残された論点の多さが、きょうの空の出来事を越えた地政学の窓を開く。偶然か必然か、その答えはまだ空にある。
