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首都カラカスで、軍の机上に古い無線機と地図が広げられる。配備表には数十年前のロシア製装備の名が残り、部隊の動線は市街へと細く分かれていく。複数の関係筋の証言と計画文書の存在から、ベネズエラ軍が正面決戦ではなく、空爆や地上侵攻に対してゲリラ的に抵抗し、統治の混乱を意図的に拡大する構えを固めていることが見えてきた。これは、人員と装備の不足を自覚したうえでの選択であり、戦いの舞台を広大な領域と日常生活に移す発想でもある。
武器不足を前提にした「長期的抵抗」
関係筋の証言を総合すると、軍は「長期的抵抗」と呼ぶ枠組みで、小規模部隊を各地に分散させる。ゲリラ戦（小規模部隊が奇襲や破壊活動を繰り返す戦術）を前提に、通信、補給、撤収の経路を市街と郊外に二重化する。ここでは勝敗を決める会戦よりも、相手の作戦テンポを乱す遅滞と攪乱が重視される設計だ。部隊の役割分担は細かく、拠点間の移動は車両ではなく徒歩と二輪を基本にしているという。
この戦い方は、装備の劣化や弾薬の不足を逆手に取る発想でもある。重火器の保全が難しければ、破壊目標をインフラや補給拠点に切り替える。制空権が奪われやすいなら、夜間と悪天候を行動の窓にする。近代軍の標準から見れば消極的に映るが、消耗戦を避けて持久に徹することで、相手の政治的コストを高める狙いがにじむ。政府側の関係者が「通常戦では2時間ももたない」と語る背景には、その冷徹な自己認識がある。
計画文書では、全国に280超の小拠点を設定し、各拠点が独立に破壊や撹乱を担う。拠点は軍施設だけでなく、民間の建物や空き地も含む。拠点同士は緩く連携し、ひとつが露見しても全体が瓦解しない構造を取る。作戦の鍵は、目に見える勝利よりも、相手の予測を外し続けることに置かれている。これは「勝たないための戦い方」ではなく、「負けないための設計」だと読むべきだろう。
首都を無秩序にする「無政府化」戦略
第2の柱は、首都カラカスの統治を揺さぶる「無政府化」だ。無政府化（統治機能の混乱を意図的に広げる手法）は、情報機関の動員と与党支持者の組織力を組み合わせ、街頭の小競合を連鎖させる設計だとされる。表向きの軍事衝突ではなく、道路封鎖、物流妨害、停電の長期化といった生活の障害を重ね、外部勢力が「統治可能な空間」を確保できない状況を長引かせる。
このやり方は、作戦の主導権を「軍」から「社会」にまで拡張する。小規模な騒擾でも、同時多発すれば治安資源は薄まる。治安の空白はさらに事故や略奪を誘発し、介入側は軍事行動と同時に膨大な治安任務を背負うことになる。意図は単純だ。交戦よりも統治こそが難題であるという現実を突きつけ、介入コストの基礎を日々の不便と不安に置き換えるのである。
無政府化の設計が示すのは、軍の脆弱さだけではない。首都の行政、通信、交通を結ぶ結節点がどこにあり、どれほど代替が効かないのかという、都市の「弱い環」への深い理解でもある。計画が実戦化すれば被害は市民に及ぶ。だからこそ、文書の存在が明らかになった段階で抑止が働くかどうかが問われる。公開されないはずの手の内が、むしろ政治的メッセージとして機能しているとも読める。
軍の疲弊と外圧の間で
関係筋が口をそろえるのは、訓練不足、低賃金、劣化した装備という軍の疲弊だ。給与の目減りは士気を直撃し、部品の欠乏は整備を滞らせる。こうした内因に、域外の圧力が重なる。米側は近年、カリブ海と東太平洋で対麻薬作戦を強化してきた。作戦は麻薬取り締まりを名目に掲げつつ、周辺海域での情報・監視・偵察（ISR）の密度を上げる結果を生む。沿岸の動きを可視化される恐怖は、陸上作戦の構想にも影を落とす。
政治トップの発言も計画の前提を形づくる。米大統領が対麻薬作戦の拡大を公表すれば、ベネズエラ側は次の一手を陸上で想定せざるを得ない。たとえ後に地上攻撃の可能性を否定しても、いったん走り出した部内計画は止まらない。計画文書の存在が示すのは、発言と配置、訓練と治安が絡み合う現代の「準戦時」の実像である。境界線は宣戦布告ではなく、業務命令や共同訓練の通達に引かれる。
同時期に南米の他地域でも、治安と軍事の境界をまたぐ運用が広がってきた。海上阻止や越境犯罪対策は、軍・警察・沿岸警備の縦割りを越える協力を促す。こうした連携が可視化されるほど、ベネズエラの「分散して消耗を避ける」発想は合理性を増す。戦力で劣る側が、相手の長所を発揮させない空間へ退くのは歴史的にも珍しくない。今回はその空間が、都市と生活の只中に重なっている点が特異である。
