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カートに並ぶのは、10ドル以下の小さな必需品だ。アマゾンが低価格ショッピング「アマゾン・バザール（米国では『ホール』）」の展開を広げ、2025年11月7日に香港や台湾、フィリピン、ナイジェリアなど14市場へ一気に拡大した。SHEIN（中国系ファストファッションEC）やTemu（低価格ECアプリ）に流れる需要を引き戻す狙いで、家庭用品や衣料を中心に“安さと手軽さ”を前面に出す構えである。
低価格アプリ「バザール」を一気に拡大
新たに対象となるのは、香港、台湾、フィリピン、ナイジェリアに加え中東や中南米の一部など計14市場だ。バザールは本体アプリとは別の独立アプリとして提供され、名称や見せ方を現地に合わせつつ、低価格品をまとめて探せる導線を整えた。既存のアマゾンIDでログインできる点も含め、使い勝手は通常の買い物と変わらない。
商品はファッション、ホーム、ライフスタイルが中心で、多くが10ドル以下という価格帯に収まる。一定金額を超えれば配送は無料、未満なら標準の配送料がかかるという分かりやすい設計だ。従来の“大型セールでまとめて買う”ではなく、日常の細かなニーズを小さな単価で拾う動線に重心を置いた。
同サービスは昨年にメキシコで始まり、その後はサウジアラビアやUAEへと広がってきた。今回の拡大では、グローバルの拠点から商品を出荷し、各地の配送パートナー網で届ける体制を採用する。スピードよりも価格訴求を前に出しつつ、一定の受け取り体験を維持する落としどころを探っている。
米国版「ホール」との連動が支える
米国では2024年にアプリ内の低価格ストア「ホール」を立ち上げ、その後は欧州の一部や日本、オーストラリアへと展開範囲を広げてきた。今回のバザールは、その延長線上で“超低価格の品揃え”を専用アプリに切り出したかたちだ。名称は違っても、狙う体験は共通している。
仕組みとしては、巨大な総合モールの中に“安さ特化の通路”を設ける発想に近い。全カテゴリーを無制限に並べるのではなく、日用品や衣料など回転の速い領域を選び、単価を抑えて見つけやすくする。過剰な出品で品質がばらつくリスクを減らしつつ、アマゾンの保証や決済の安心感で不安を和らげる設計だ。
利用者は既存のアカウントでログインし、既定の購入額を超えれば送料無料になる。価格訴求に寄り過ぎると体験が粗くなりがちだが、アマゾンは“基準”を明示することで最低限の心地よさを担保し、節約ニーズと安心感の両立を図る。低価格でも「いつものアマゾン」で買える点が、同社の差別化要素になっている。
競合との違いと、成長の時間軸
SHEINやTemuが価格と量で押すのに対し、アマゾンは既存会員基盤と配送網をテコに“ほどよい選択”で粘り強く顧客を取り戻す構えだ。D.A.デビッドソンのギル・ルリア氏は、同社が市場参入を慎重に見極め、規模と収益性の両立を見込める段階で踏み込むと指摘する。低価格でも、長期の積み上げで事業を育てる目線がにじむ。
一方で、安さを売りにする領域は粗利が薄く、物流費や返品対応の負担が収益を圧迫しやすい。そこで効いてくるのが、配送網の外部パートナー活用や、出品の目利きによる不良の抑制だ。今回の拡大は、広げた面を維持できるかの実地検証でもある。値札の軽さとサービスの手触り、その均衡が次の一手を左右するだろう。
アプリ一覧に増えた新しいアイコンは、小さな買い物の軌跡を静かに集め始めている。
