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中国の港に、静かにロシア船が入ってくる。積み荷は北極圏から運ばれた液化天然ガスLNGだが、取引価格は通常より3～4割も安い。背後には、米欧の厳しい制裁で行き場を失った巨大プロジェクト「アークティックLNG2」と、そのガスを受け入れる中国の姿勢が重なっている。
ノバテクと北極LNG、制裁に揺れる巨大計画
ノバテクはロシア最大級の民間LNG企業で、北極海に面したギダン半島でアークティックLNG2を進めてきた。3系列合計で年間約2000万トン規模を想定した国家級案件であり、2023年12月には最初の生産設備が稼働を始めた。しかし翌年以降、ウクライナ侵攻を受けた米欧の制裁が強まり、商業輸出は事実上止まったままだった。
特に米国は、ロシアの戦費を支えるエネルギー収入を削る狙いから、この計画や関連船舶を個別に制裁対象に指定した。バイデン前政権下で導入された措置は現在のトランプ政権にも引き継がれ、ロシア産エネルギーを購入し続ける国や企業に対する追加制裁の可能性も示されている。欧州企業はリスクを恐れて相次ぎ撤退し、巨大プロジェクトは「動いているのに売れない」状態に陥った。
中国だけが受け入れた割安ガス
こうした行き詰まりのなか、2025年8月28日に初めての出荷が実現した。北極海ルートを通ってアジアに届いたカーゴは、アジアのLNG指標価格がmmBtu当たり約11ドルとされる中、その3～4ドル下で売られたとされる。その後も出荷は続き、8月以降だけで14カーゴ分が中国側に渡った。指標より30～40％安い異例のディスカウントは、事実上の「制裁リスク料」に見える。
買い手の多くは中国のエネルギー企業とみられ、欧米の制裁に同調しない立場を背景に、割安なガスを受け入れている。米国はロシアと取引する第三国への制裁発動をちらつかせるが、世界最大のエネルギー輸入国である中国に厳しく適用するのは現実には難しい。北極圏の過酷な環境と限られた船隊で細々と続く輸出は、ロシアの収入を大きく押し上げる水準には届かない一方で、中国のエネルギー安全保障には静かに組み込まれつつある。
北極のプラントからアジアの港まで、長い航路をたどる一隻ごとのタンカーは、エネルギー市場と地政学が絡み合う現在の世界の輪郭を、淡くなぞっているように見える。
