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配付資料がめくられる手の動きが、会議室の静けさに重なった。2025年10月27日、厚生労働省の社会保障審議会・介護保険部会が、65歳以上の介護保険サービスで自己負担が2割となる人の対象拡大を本格議題に据えた。支払い能力に応じた「応能負担」を強め、現役世代の保険料上昇を抑える狙いだ。年末までに方向性を整理したいという空気が、各委員の発言からにじんだ。
動き出した線引き見直し
部会では、費用負担の公平化を掲げ、一定以上の所得がある高齢者に適用する自己負担2割の「線引き」をどう見直すかがテーブルに上った。制度の持続性と世代間のバランスをどう保つかという大きな枠組みの中で、判定方法や影響の広がりを丁寧に点検する姿勢が共有された。委員の発言は賛否が分かれつつも、結論の先送りは避けたいという緊張感でまとまっていた。
現行の自己負担は原則1割で、高所得者は2割、現役世代並みの所得と判定される人は3割となる。単身では年収280万円以上で2割、340万円以上で3割が目安とされ、世帯により基準は異なる。複数の第一号被保険者がいる世帯では346万円以上463万円未満が2割、463万円以上が3割という整理が用いられている。こうした基準がどの層にどれだけ届くのか、実態と照らし合わせる作業が続く。
今夏には年金の改定を踏まえた基準額の調整が行われ、負担割合証の交付も順次進んだ。今回の議論はその延長ではなく、判定の閾値そのものを動かすかどうかに踏み込むものだ。線を下げれば対象は広がるが、急な変化は生活への影響も大きい。部会では段階的な適用や必要な緩和措置の是非まで含め、設計の選択肢が丁寧に並べられている。
ふくらむ費用と抑制の手立て
介護費用は膨張が続く。2023年度は介護給付や自己負担分を含めた総額が11兆5139億円に達し、過去最高を更新した。高齢化の進行に合わせてサービス利用は増え、地域差も抱えながら右肩上がりの支出が定着している。財政の弾力を保つには、給付と負担の両面で小さな手当てを重ねる以外に道は少ないという認識が、関係者の間で静かに共有されている。
介護保険は税と保険料、そして利用者の自己負担で成り立つ。自己負担の線引きを調整すれば、保険給付費の伸びに一定の歯止めがかかり、保険料の上昇ペースを和らげる効果が期待される。他方で、負担能力の評価は生活実態に密接に関わる。年金収入のみに頼る人、持ち家や貯蓄の有無など、数字に現れにくい事情もある。制度設計は簡潔でありながら、必要な例外をどう拾うかが鍵になる。
過去の見直しでは、利用者負担の拡大を巡って結論が揺れ、先送りの場面もあった。だが支出の伸びは立ち止まらない。今回は、工程表で示された期限を意識しながら、影響試算や現場の声を重ねることで、合意の接点を探る段取りとなる。拙速さを避けつつも、決めるべき時期に決めるという当たり前の運びが、制度への信頼に直結する。
利用控えを生まない工夫
負担を重くすれば、必要なサービスから身を引く人が出るのではないかという懸念は根強い。介護は暮らしの土台であり、在宅で支える家族の就労や健康にも波及する。高額介護サービス費など既存のセーフティネットはあるが、対象拡大の範囲やペース次第では心理的なハードルが上がることもある。議論の軸は、利用を守りながら持続性を高めるという、二つの要請の重ね合わせに置かれる。
具体策としては、閾値に近い層への配慮や、急激な負担増を避ける暫定措置の設計が検討対象になる。自治体窓口での説明や周知のあり方も重要だ。制度変更は条文だけでは完結せず、現場の手触りに落ちるまでがひと続きである。負担の変化が利用の質を損なわないよう、情報提供と相談体制をどれだけ丁寧に整えられるかが問われる。
会議の終盤、配布資料の余白に鉛筆のメモが増えていった。数字は表を離れると、暮らしの重みへと姿を変える。静かな筆致で積み重なる修正の指示が、制度を現実へ近づけていく。扉が閉まったあとも、検討は続く。結論は急がれているが、納得の道筋は一歩ずつしか描けない。
