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消毒液の匂いが立ちこめる鶏舎で、防護服の列が静かに動く。ドイツ当局は2025年10月27日、鳥インフルエンザ拡大に伴い家禽の殺処分が累計50万羽超に達したと明らかにした。国立研究機関FLIは9月以降の農場発生が31件に上るとし、数字は刻々と変わる「瞬間の姿」にすぎないと釘を刺す。食卓への波紋も避けがたいと映る。
速まる封じ込めと揺れる現場
発生報が相次いだのは、渡りの季節が深まり気温が下がり始めた頃合いだ。各地の鶏舎では出入り口が封鎖され、車両のタイヤ洗浄や長靴の履き替え動線まで細かく仕切られている。FLIは9月以降の農場での確認件数を31件とし、検査と通報が追いつくほどに状況が動いていると示唆した。統計が追いかけられない速度が現場の緊張を映す。
殺処分の累計は50万羽超。半径数kmの移動制限や飼養家禽の屋内収容など、州当局の措置が連鎖的に広がっている。現時点で確認されている範囲では、発生は点から面へと広がる兆しを見せ、家族経営の小規模農場にも警戒が浸透している。消毒槽の水が濁るたび、目に見えないウイルスの存在感が重みを増す。
FLIの広報担当者は「数字は瞬間風速であり、正確な合計ではなく規模感を示すものだ」と説明した。変化の速さが政策判断を難しくし、情報更新の遅れが誤解を生みやすい。だからこそ、統一された検査手順と通報の徹底が欠かせない。封じ込めは足元の徹底から、という当たり前が改めて浮かぶ。
生活に及ぶ影響――卵と食卓の不安
感染が農場を直撃すれば、損失は家計にも跳ね返る。バイエルン家禽協会のロバート・シュマック会長は2025年10月27日、地元ラジオで卵の価格が最大50％上昇する可能性に言及した。家禽の補充遅延と搬送制限、選別・洗卵ラインの稼働率低下が重なれば、供給が薄くなる構図は十分にあり得る展開といえる。
消費者心理も価格を押し上げやすい。過去の流行局面では買い置きが早まり、在庫が偏在することで棚の欠品が連鎖した。一方で、加工筋は原料卵の代替を急ぐが、品質規格や契約単価の調整には時間がかかる。現時点で確認されている範囲では、生鮮と加工の需給がずれ、価格シグナルが混線しやすい。
短期の焦点はふたつだ。ひとつは淘汰・清掃・再導入までのサイクルがどこまで短縮できるか。もうひとつは、消費地での価格転嫁がどのペースで進むかである。前者は作業員確保と検査能力に、後者は小売の価格設定と需要代替の強さに左右される。家計の痛みは、対策の緻密さ次第で和らぐとみられる。
渡りの季節、野鳥の異変が映すもの
人の動きと同じく、野鳥の動きも流行を左右する。東部ブランデンブルク州では、1500羽超の野生のツルが鳥インフルエンザで死亡した可能性が報告されている。個体数の正確な把握は容易ではなく、確認作業は続く。だが、水辺のねぐらに広がる静けさは、感染の輪が自然界にも及ぶ現実を物語る。
野鳥の大量死は、農場への持ち込みリスクの高まりを示すシグナルでもある。餌やりや敷料の搬入経路、換気口や雨水の流入点など、ウイルスが滑り込む隙は多い。FLIはリスク評価やFAQを更新し、農場と自治体に注意喚起を重ねている。小さな抜け穴を塞げるかどうかが、次の発生曲線を左右すると映る。
先行きは天候と渡りのピークに影響される。寒気が強まるほど野鳥の移動は密になり、交差点は増える。対策は地味だが、効果は積み上がる。水辺の立ち入り管理、飼料・資材の保管徹底、作業者のゾーニング、そして異常の早期通報。人と鳥が交わる場所を減らせば、農場を守る盾は厚くなるはずだ。
