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受賞から一週間。電話口の向こうで言葉を交わしたのは、ベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャドと、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフである。2025年10月17日、両者は電話協議を行い、マチャドは戦時下での決断と断固たる行動、そしてイスラエルが得た成果を称賛したと伝えられている。10日のノーベル平和賞発表を受け、受賞者の最初のメッセージが中東へと伸びた格好だ。平和賞の栄誉と戦時の現実が交差する瞬間であり、地政学の揺れがラテンアメリカに及ぶ輪郭も浮かぶ。
電話の一報が映す距離感
10月17日の協議について、イスラエル側は、マチャドがガザの停戦合意に伴う人質解放を称賛し、6月にイスラエルが行ったイランへの攻撃に対して感謝を示したと説明している。発表の文言は抑制的だが、文脈は雄弁である。敵対勢力に囲まれるイスラエルと、独裁下の抑圧と経済危機に直面するベネズエラ野党の視線が、戦争と自由という二つの軸で重なったと映る。
ネタニヤフは、平和賞への祝意とともに「民主主義と世界平和の拡大に向けた活動」をたたえたとされる。戦時の指導者が、独裁に抗う市民運動の顔へ手を差し伸べる図式である。外交儀礼の枠を超えた意味を帯びるのは、電話が単なる祝意の交換にとどまらず、戦闘と停戦、人質交渉と地域戦略という現実の線上に置かれているからだとみられる。
現時点で確認されている範囲では、会話の詳細は限られる。ただ、イスラエル側の発信は、停戦・人質・対イラン抑止という三点を強調している。この並びは、イスラエルが内外に示してきた優先課題そのものであり、受賞直後のマチャドがそれに呼応した構図が浮かぶ。電話の短い一幕が、双方の利害の接点を端的に映したといえる。
ベネズエラの思惑と受賞の重み
マチャドの姿勢は唐突ではない。彼女は以前から親イスラエルの立場を明確にし、ガザでのハマス「壊滅」支持を公言してきたと報じられてきた。さらに、政権に就けば自国大使館をエルサレムへ移す考えを示した経緯もある。これらの発言は、イランと結びつきを強めてきたマドゥロ政権との対照を際立たせ、野党側の外交的な選択肢を先取りするメッセージとして読める。
10月10日のノーベル平和賞は、独裁下での非暴力の民主化運動を評価したものである。ノルウェーのノーベル賞委員会は、マチャドが「投票という手段を武力に優先させる」民主主義の実践者であると位置づけた。受賞理由は、国内の権利回復だけでなく、地域の安定に資する「平和の手段」を体現する点にあると解釈できる。
この受賞は、国内政治の正統性争いにも影響する。2024年選挙をめぐる対立で野党候補の擁立に動いたマチャドは、以後も拘束と弾圧のリスクと向き合ってきた。国際的承認の獲得は、亡命でも武装でもなく、市民の監視と投票というプロセスの正当性を立て直す手段であることを可視化する。受賞直後の電話は、その延長線上に置かれた政治行為とも映る。
中東とアメリカ大陸、交差する利害
ベネズエラは長らくイランと関係を深めてきた。反米を掲げる二国の結節は、エネルギーや軍事技術の領域で戦略的な意味を持つ。他方で、野党は西側諸国の支援をてこに選挙の透明性を求めてきた。マチャドがイスラエルとの距離を詰める姿勢は、欧米の支持を広く結集するシグナルであり、中南米における同盟地図の更新をにらむ動きとも受け止められる。
イスラエル側から見れば、停戦と人質解放の節目ごとに国際的な支持を積み上げることは軍事・外交双方に資する。6月の対イラン攻撃を含む一連の行動に、受賞者が「感謝」を示したという発信は、抑止のメッセージを補強する材料になりうる。中東の戦況は流動的だが、言葉の選び方ひとつが地域外の世論と政策に波紋を広げていく。
電話という最小の外交が示すのは、価値と現実の交差点である。民主主義を掲げる受賞者の声が、戦争の論理とどう折り合うのか。ガザの停戦や人質解放の行方、イランとの緊張の増減、そしてベネズエラ国内の民主化の歩調。これらの線がどこで交わり、次の一手を形づくるのか。17日の短い会話は、その問いを私たちに返している。
