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北海の風が強まった11月3日、ドイツ北部でフリードリヒ・メルツ首相が移民を語ったとする発言が走った。内戦が終わったシリア難民は帰国すべきだ、拒めば追放もあり得る——。だが公的資料を精査すると、政府の公式姿勢はもう少し慎重で、文脈も異なると映る。政治の言葉が熱を帯びる一方で、現場の暮らしは冷静な条件の積み上げを求めている。
強い調子の発言が走った日、裏付けは限定的だった
発言が伝えられたのは、北部フーズム訪問の場とされる。メルツ氏は2025年5月に就任した首相で、治安と統治の回復を政権の柱に掲げている。3日の現場では難民帰還に言及したとの記述が拡散したが、公式の会見録や声明で同趣旨を断言する文言は現時点で確認できていない。強い語感だけが独り歩きした可能性もあるとみられる。
一方で政権内からは、犯罪を犯した者の送還を将来的に可能とする余地に触れる声がある。ヨハン・ワーデフール外相はインタビューで、シリアの治安や人権状況を注視しつつ、国の改善が進めば送還の議論は「将来的に原則として可能になり得る」との見方を示した。現場での強い調子の伝聞と、外務省の公的説明の差が浮かぶ。
すなわち、帰還そのものを直ちに迫る号令ではなく、条件付きでの選択肢にとどめるニュアンスが政府の公的説明からは読み取れる。3日の強い調子の文言は、現場の空気と政治的メッセージが交錯した結果と映る。発言の受け止めが割れる背景には、移民政策をめぐる緊張の高まりもあるだろう。
シリアの地図はなお揺れている
外務省は近時、シリアで「移行政府」が権限を担う局面に言及しつつ、ドルーズ地域の不穏など不安定さが残ると描写している。外相は「誰もが生命の危険にさらされない状態を確保すべきだ」と述べ、包括的な統合と治安の回復を移行当局に求めた。内戦の終結を単線的に語ることへの逡巡がにじむ発言といえる。
その上で外相は、現時点での帰還は可能性が「非常に限られている」との評価に近いトーンを保っている。送還を検討するにしても、受け入れ側の統治能力や人権保障の実効性が前提で、個別審査と国際法順守が不可欠だという立場がうかがえる。Aは帰国促進をにおわせたと伝えられたが、Bは慎重姿勢を示す——そうした対比が広がっている。
「内戦は終わったのか」という問いも単純ではない。戦線の縮小や権力移行の進展が語られても、国内の分断と治安の脆弱さはなお残る。ドイツ政府が「慎重」を崩さない背景には、再び危険に直面させないという難民保護の原則があると映る。帰還は政治判断でなく、保護と安全の条件で測られるべきだという視点がにじむ。
数字が物語る、暮らしの重み
数字は温度を帯びる。ドイツにはシリアにルーツを持つ人が2023年時点で約130万人いた。2014〜2016年にかけての大規模流入が基調を形づくり、暮らしを築いた人々は地域社会に根を下ろしつつある。国家の方針が揺れるたび、教室や工場や病院の現場で小さな調整が重ねられている現実がある。
2024年には約29万2千人がドイツ国籍を取得し、うちシリア出身が約8万3千人で最多だった。国籍の取得は個人の選択であり、帰還か定住かの結論は一様ではない。統計の背後にある生活史は多様で、政策は「いま・ここ」の安全と将来設計の双方に目を配る必要があると映る。数字は政策の羅針盤であり、同時に人の重みでもある。
「帰るべきか、とどまるべきか」という二項対立では語り尽くせない現実がある。冷たい風のあとに差す薄陽のように、日々の営みは静かに続く。政治の言葉が熱を帯びるほど、足元の条件をていねいに数え上げる作業が求められているのかもしれない。
