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モスクワの空気は一段と張りつめていた。2025年9月29日、ロシア大統領府のペスコフ報道官が、ウクライナが米国製巡航ミサイル「トマホーク」を発射した場合、米側が標的データを与えたのかを慎重に洗うと明言した。前日には米国のバンス副大統領が供与を「検討中」と示し、射程が長い兵器の是非が一気に現実味を帯びた構図である。
クレムリンの警戒と疑問
会見の場でペスコフ氏は、問題の核心は「誰が発射できるのか、誰が標的を設定するのか」にあると語った。2025年9月29日の発言は、単なる牽制ではなく、作戦運用の主体とデータの出所の特定こそが関与の度合いを測る物差しだというメッセージに聞こえる。米軍が関与した痕跡の有無は、ロシア側の対処を左右する勘所になる。
一方で、同氏はトマホークが戦況を変える「魔法の武器」ではないとも述べた。万能薬は存在しないという言葉は、供与論議の熱を冷ます狙いと同時に、長期戦を前提にした自信の表明でもある。ミサイルが届く範囲が広がっても、戦線全体の力学は簡単には動かないという見立てだ。
ロシア側が強調する「徹底分析」は、攻撃に至る一連のサイクル—目標選定、航法、誘導—のどこに西側の支援が介在したかという工程表を追う作業を指す。衛星や通信の関与が示されれば、米国の関与度を引き上げて解釈する余地が生まれる。逆にウクライナ単独の能力と判断されれば、応答の階梯も変わってくる。
米側の検討と広がるシグナル
前日、バンス米副大統領は、ウクライナが求めるトマホーク供与の枠組みを「検討している」とテレビ番組で述べた。最終判断は大統領に委ねられるとの説明で、欧州経由の移転案も取り沙汰されている。発言は言質というより、政策オプションのテーブルに載せたことを世に示す性格が強い。
トマホークの射程は約2,500キロとされ、ウクライナ領内からロシア中枢まで届き得る。供与が現実になれば、攻防のレンジは一段と深くなる。攻撃の矛先や使用条件をめぐる政治的な取り決めも不可避で、誰が撃ち、誰が標的を定めるかという論点はここでも重なる。関与の可視化は、抑止とエスカレーションの綱引きに直結する。
米大統領特使のキース・ケロッグ氏は、長距離攻撃の容認に言及し、戦いのルールが変わりつつあるとの空気を補強した。ウクライナの装備体系は徐々に長射程志向を強め、欧米の政策も段階的に踏み込んできた。今回の検討は、その延長線上の次のノッチに位置づけられる。
戦況への影響は限定的か
ウクライナはすでに長距離の無人機を使い、ロシアのエネルギー施設など後方を狙う打撃を積み重ねてきた。巡航ミサイルが加われば、時間帯や経路の選択肢は増える。ただ、精密打撃の効果は、目標の選定と同時多発の組み立てに依存する。単発の象徴的攻撃に終始すれば、コストに見合う戦果は得にくい。
ロシアは防空資産の再配置や迎撃密度の調整で応じるだろう。ペスコフ氏が「状況は変わらない」と強調した背景には、消耗戦の主戦場が依然として砲兵と歩兵の層であるという現実がある。補給線や指揮所への打撃は効くが、前線の地図を塗り替えるには多数の要素が噛み合う必要がある。
視線は当面、米国の最終判断と、その際に付される条件に集まる。移転の相手、使用の地理的制限、発射手続の統制—いずれも政治の領域にまたがる論点だ。ロシア側は分析の結果を口実に反応の幅を確保し、ウクライナ側は抑止と即応のバランスを探る。緊張は高まるが、結末はまだ定まっていない。
