NASA、アルテミスIIの有人月周回飛行を2026年目標で提示

人類が月に最後に降り立ったのは1972年。あれから半世紀、米航空宇宙局（NASA）が次に賭けるのは有人飛行試験「アルテミスII」だ。日本時間2025年9月24日、NASAは同計画の最新概要を示し、初の有人周回飛行で月へ最接近しつつ帰還する道筋を描いた。打ち上げ時期は安全最優先で進められ、目標は2026年内。月面着陸をめざす次段階への布石となる。

月へ、もう一歩。4人が乗るアルテミスIIの姿

静かな発射台に巨大なロケットが横たわる。その頂に据えられる宇宙船「オリオン」は、船内に4人の宇宙飛行士を迎え、地球を離れる。クルーはコマンダーのリード・ワイズマン、パイロットのビクター・グローバー、ミッションスペシャリストのクリスティーナ・コック、そしてカナダのジェレミー・ハンセンだ。最初の数時間で機体は地球周回を2周し、各系統を人が乗る環境で確かめる。ここで上段と別れ、手動操縦に切り替えて飛行特性を体に刻む。

アルテミスIIは約10日間の飛行で、軌道の作法も慎重に積み上げる。まず楕円軌道の遠地点を引き上げ、高高度に達してから月へ押し出す推進をかける。オリオンは「ハイブリッド・フリーリターン」と呼ばれる飛行で月の裏側へ回り込み、地球と月の重力を利用して自然に帰路へ乗る。もし推進系に想定外が生じても、軌道が船を地球へ導く設計であることが肝だ。復路では再突入手順を実演し、放射線対策などの運用も確認する。

飛行の合間には、切り離した上段を模擬ランデブーの「相手機」にして、オリオンを手で寄せ、離し、姿勢を整える練習も行う。月軌道での接近・離脱を想定したこの訓練は、次の段階で不可欠になる。機上の視界とカメラ、ソフトウェアを総動員して制御を磨き、地上の管制と呼吸を合わせる。帰還時は音速の数十倍で大気に突入し、減速ののち太平洋へ着水する手順だ。水面に漂う機体へ回収部隊が近づき、クルーを迎える。

打ち上げ時期は「安全最優先」、2月前倒しを模索

日付が変わった会見場で、NASAの担当者は落ち着いた口調で語った。日本時間2025年9月24日、アルテミスIIの打ち上げ時期は「遅くとも2026年4月」を掲げつつ、機体の熟成と安全の見極め次第では前倒しの選択肢も拡げるとした。すでにクルー訓練や統合作業は走り続けており、要所要所でのレビュー結果を積み上げながら判断する。準備が整えば2月を狙う余地があるという含みも示され、日程の柔軟性がにじむ。

もっとも、数字だけが独り歩きする段階ではない。前回の無人試験で得たデータを踏まえ、生命維持系や熱防護の検証、地上設備の流れ作業まで、一本の鎖のように安全策を繋いでいく必要がある。NASAは「日程を守ること」と「安全を守ること」を同列に語らない。だからこそ、正式なターゲットは4月に置き、2月は「可能性」と位置づける。打ち上げ日の議論が熱を帯びるほど、現場は静かに作業の精度を上げる。

最接近は“窓の景色”のために。月面着陸への橋渡し

今回の飛行は着陸をしない。だが月の近くまで行き、引き返す設計には理由がある。オリオンは月へ向かう途中で約6900kmまで近づく計画で、そこでの見え方や通信、誘導航法のふるまいを人の感覚で確かめる。遠景に地球をとらえ、手前に月が満ちる“窓の景色”は、次のミッションで必要になる判断材料だ。視覚と計器の相互確認、機内活動の配分、被ばく評価など、細部の最適化は有人の経験なくして進まない。

アルテミスIIの先に、着陸船と新型船外活動服を伴う「アルテミスIII」が待つ。計画では2027年に月の南極域へ人を降ろす構想で、氷の存在が示唆される地点を候補にする。水は推進剤にも生命維持にも資源となるため、持続的な探査の鍵だ。有人飛行の初動であるアルテミスIIは、機体・運用・人の総合試験として、その鍵穴にぴたりと合う形を探る。アポロの時代と違い、国際協力と商業パートナーを前提にした長期戦であることも、ここで確かめられる。

打ち上げ台の静けさは、やがて轟音に変わる。だが本番の一瞬は、無数の「確認済み」に支えられている。月面へ再び人を送り込むために、その一歩手前で何を確かめるべきか。アルテミスIIはその問いへの答えを、数字ではなく体験として積み上げる。次に備えるための“飛んで帰る”旅路は、昔日の栄光をなぞるのではない。新しい月の時代をひらくための現実的な稽古であり、帰還の瞬間まで緊張の糸を切らない設計である。