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秋雨の東京・港区、ガラスの壁に街の灯が揺れていた。2018年、日米欧にまたがる秘密調達網のトップとされるロシア人経営者が、このNEC本社を訪れていたことが2025年10月24日、同社への取材で明らかになった。ロシア軍によるNEC製海底通信ケーブルの軍事転用疑惑の渦中で、民生と軍事の境目を縫うような取引の実像が浮かぶ。
本社に現れた「表の顔」と、裏側に伸びる影
受付を通り会議室へ向かったのは、アレクセイ・ストレリチェンコ氏とされる人物だ。複数の報道と取材によれば、氏は通信インフラ企業UPTの社長で、NECと2000年代から取引があったと元幹部が証言している。訪問は一度ではなく、親族や側近もNEC側に知られていたという。企業間の信頼がまず前面に立っていた構図がにじむ。
時期はクリミア半島併合後に重なる。氏の関連企業はロシア国防省の仕事を受注していたとされ、民生を装いながら軍需に近い領域へ伸びる同時並行の動きが指摘されている。2018年という年次は、表の名刺と裏のネットワークを使い分けた大胆さが際立つ節目と映る。来訪の足跡は、のちの疑惑の入口にも見える。
欧米の情報機関は2021年ごろ、氏の関係企業と取引のある企業に対し、軍民両用品の販売に注意を促していたとの報もある。警鐘は鳴っていたが、どこまで現場に届き、どの判断に影響したのか。現時点で確認されている範囲では断片が積み上がる段階で、慎重に検証が進むべき局面だといえる。
海底ケーブルはどこへ消え、何に使われたのか
発端は国際調査報道の連携である。ICIJが入手した文書群を基に、共同通信や米紙などが調べた結果、NECが2018年にキプロスの企業へ輸出した全長約750キロの海底通信ケーブルが、ロシア軍に軍事転用された疑いが浮上した。輸送経路の表層には民生用途が並び、裏側には安全保障上の意図が潜む構図が重なる。
疑いの中心は、北極圏バレンツ海の海中監視網「ハーモニー」への組み込みだとされる。原子力潜水艦を守る目的で敵艦を探知する網の一部に、民生向けのケーブルが接続された可能性が指摘されている。NECは民生用途との説明を受けていたとされ、表向きの取引と実際の使用目的の乖離が論点として広がっている。
どの段階で転用の意図を見抜けたのか、あるいは見抜けなかったのかは核心だ。エンドユーザーや最終用途の確認は形式だけでは足りず、相手企業の実態や背後関係まで踏み込む必要がある。だが、多層の仲介やダミー企業を介した供給網では、書面の整合性が現実を覆い隠す。輸出管理の網の目をすり抜ける常套の手口が浮かぶ。
制裁と輸出管理、企業の備えに突き付けられた課題
氏とUPTは2024年10月、米財務省の制裁対象に追加されている。欧米の制裁や各国の輸出管理が強化されるなか、本件の2018年という時間軸は重要だ。全面侵攻前とはいえ、2014年以降の制裁環境は厳しさを増していた。過去の取引履歴や資本関係、実質支配者の変化に目を凝らす体制が企業側にどこまで整っていたかが問われる。
装置や部材そのものが軍需指定でなくても、海底ケーブルのように軍事インフラへ転用され得る品目は多い。契約条項で転用禁止を明記しても、域外での再移転や再販売で意味を失う危うさがある。エンドユーザー証明や訪問確認、第三者監査の実効性をどう担保するか。企業のコンプライアンスを超えたサプライチェーン監視が鍵となる。
NEC側は取引当時、民生用途の説明を受けたと説明してきた。一方で、秘密調達網のトップが2018年に本社に出入りしていた事実が新たに判明し、見抜けなかったリスクの重さが際立つ。事実関係の全容解明と再発防止策の提示が急がれる。透明性を高め、社内外のチェックを積み重ねる以外に信頼回復への近道はないとみられる。
