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アジアの街角で、黒地に麦わら帽子のドクロがはためいている。日本の人気漫画「ONE PIECE」の海賊旗が、若者の抗議で相次いで掲げられ、抵抗のサインとして受け取られている。インドネシアの独立記念日をめぐる動きや、フィリピンの大規模デモ、さらにネパールの政情と呼応するかのように拡散し、ポップカルチャーの記号が政治の現場で力を持ち始めた。
若者が掲げた「麦わらのドクロ」が連鎖する
出発点のひとつはインドネシアと見られる。2025年8月17日の独立記念日に合わせ、当局が国旗掲揚を広く呼び掛ける一方、街頭には海賊旗を掲げる人々が現れた。既存の政治ロゴから距離を置きながら、自由と仲間を掲げる物語の象徴に自分たちの怒りを重ねる姿が映る。旗は紙や布で即席に作れるため、参加のハードルが低い点も後押しした。
フィリピンでも、2025年9月21日に首都圏で行われた反汚職の集会で、海賊旗が人波の頭上に見えた。会場は民主化の記憶が残るモニュメント周辺で、家庭用プリンターの旗から大判の布まで、手作りの意匠が目を引いた。スローガンはばらついていても、旗の絵柄は共通だ。異なる訴えを束ねる「視覚の合言葉」として機能している。
さらにネパールでも、若年層の動員が強まった抗議で海賊旗が使われたと各国メディアが伝えた。物語の核心にある「既存の権威への挑戦」が、政党や宗教の違いを越えて共有されやすいことが背景にある。現場ではコスプレや落書きも混じり、祭礼と抵抗が交差するような、アジア特有の街頭風景が立ち上がっている。
国家シンボルと衝突する境界線
旗が政治の場に入ると、避けて通れないのが国家シンボルとの関係だ。インドネシアでは独立記念日の一部の集会に海賊旗が登場し、国旗の名誉を傷つけかねないと当局が警告したと報じられた。法令は国旗の尊厳を守る趣旨で運用されるが、現場での適用は微妙だ。創作物のアイコンが直ちに国家への侮辱に当たるのか、議論の余地が残る。
首都圏の警察当局は、海賊や架空の旗を含む非国家的なシンボルの使用を注視すると表明したとされる。制限を強めれば萎縮が広がり、緊張が高まる一方、放任すれば治安上の懸念も残る。路上の記号は常に政治と文化の境界を試す。行政が示す基準は、表現の自由と公共秩序のバランスをどう描くかの試金石になる。
他方で、海賊旗の掲揚は必ずしも暴力性と結び付いていない。複数の抗議では平和的な集会の上空に旗が揺れ、参加者は写真や動画で拡散した。取締側の説明も抗議側の主張も、SNSで瞬時に可視化され、距離の遠い国の出来事が隣国の若者の行動を刺激する。規制のメッセージもまた、オンライン空間を経由して政治効果を増幅させる。
記号が言葉を超えるとき
海賊旗が強い磁力を帯びるのは、意味の余白が広いからだ。どの派閥の旗でもないが、権威と闘う物語の核は伝わる。読む人ごとに解釈の幅があり、細かい立場の差異を飛び越えられる。抗議の現場では、争点ごとにスローガンを刷り直すより、共通の図像を持ち寄る方が早い。そうして一枚の布が、異なる怒りを束ねるハブになる。
この現象はアジア内で閉じていない。欧州のデモでも同じ旗が映り込む場面が報じられ、ポップカルチャーの輸出入と抗議文化の輸出入が重なった。無国籍のキャラクターが無国籍の街頭言語になり、国境を跨ぐ模倣が潮のように寄せては返す。きっかけは映像の断片で十分だ。短いクリップが次の国のプラカードに変換されていく。
一方で、現時点で確認されている範囲では、旗の登場が政策転換を直ちにもたらした例は限られる。だが可視性は政治の前提を変える。誰が共感しているか、どれほど広がっているかが、政策側の計算に乗る。物語の旗は、参加の敷居を下げる入口であり、圧力を可視化する装置でもある。次の週末、次の都市で、同じ記号がまた空を横切る。
