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朝の横断歩道に人の流れが途切れず続く。だが足取りは軽くない。2025年8月の実質賃金が8カ月連続でマイナスとなり、夏の賞与の押し上げ効果が薄れたぶん、名目賃金の伸びが鈍ったからだ。家計の肌感が戻らないまま、物価高に追い付く賃上げの持続性をどう高めるか。2025年10月8日の統計公表を受け、政策のかじ取りが改めて問われている。
数字が示す8月の減速
2025年10月8日に厚生労働省が公表した毎月勤労統計調査（速報）では、持ち家の帰属家賃を除く消費者物価指数で算出した実質賃金が前年同月比1.4％減となった。実質のマイナスは8カ月連続で、家計の購買力の回復が遅れている現実が浮かぶ。総合CPIベースでも1.2％減と、2カ月ぶりに減少へ転じたと映る。
名目賃金に当たる1人当たり現金給与総額は1.5％増にとどまり、伸びは鈍化した。賞与など特別に支払われた給与は10.5％減と3カ月ぶりのマイナスで、夏場の押し上げが剥落した形だ。厚労省は、8月も少数ながら賞与支給のある事業所が存在する一方、支給事業所の割合が前年より低下したことが影響したとみている。所定内給与は2.1％増、一般労働者では2.5％増と底堅さは保っている。
食料品を中心に値上げがじわりと広がるなか、家計は慎重さを増している。賃上げのモメンタムは残るが、物価変動にのみ込まれやすい局面だ。民間エコノミストの間では名目賃金の実力を「2％台半ば」とみる声が多く、当面の実質賃金は小幅なプラスとマイナスを行き来する可能性が高いとの見方が広がっている。
底上げの芽と生活の温度差
賃金の土台を押し上げる動きも見逃せない。厚労省によれば、2025年度の地域別最低賃金の全国加重平均は1,121円へ引き上げられ、引き上げ額は過去最大の66円となった。最低賃金は初めて全ての都道府県で1,000円を超え、各地での発効は10月から来年3月にかけて順次適用される見通しである。企業の人件費構造と賃金カーブの底上げに影響が及ぶ。
春闘の積み上げでベースの賃金は上向いたが、足元の実質賃金はなお陰りが残る。外食や日用品の価格改定が相次ぎ、買い物かごの中身は減らさざるを得ないという声が聞こえる。給与明細の増額と、日々の支出の重さ。その温度差をどう埋めるかが、企業の価格戦略と政府の家計支援をつなぐ課題として横たわっている。
企業収益の厚みは一部でバッファーとなり、賃上げを持続させる余地を生む。他方で、人手不足や人材確保の競争がコスト上昇圧力となり、価格転嫁の遅れが収益を圧迫する場面も続く。最低賃金引き上げとベアの相乗効果で裾野の賃金をどこまで引き上げられるか。地域や業種による凹凸をいかに均していくかが、次の焦点である。
政策の順序を見極める
物価高対策が争点となった自民党総裁選を経て、2025年10月4日に発足した新体制は、賃上げ主導で需要を高めるデマンドプル型の物価上昇を目指す方針を前面に出したとされる。コストプッシュ下での楽観を戒め、中小企業など税制の恩恵を受けにくい層への手当ての必要性を示した姿勢は、分配の確実性を高める布石と映る。
金融面では、日本銀行が利上げを通じて緩和の度合いを調整しながら、賃金と物価の好循環の持続性を見極める構えを崩していない。直近の総裁講演でも、企業収益の高水準が一定の緩衝材になる一方、海外経済や通商政策の不透明感が企業の賃上げ姿勢を鈍らせるリスクに言及があった。政策は景気の強さと家計の実感の両方を見据えた微妙な舵取りを要する。
誰に有利な順序で、どこから手当てを打つのか。短期の家計支援、最低賃金とベアの底上げ、そして金融政策の微調整。三つ巴の調整がそろうほど、実質賃金のプラス転換は近づく。8カ月連続のマイナスという現実を直視しつつ、家計の懐に確かな温かさが戻る道筋を描けるかどうかが問われている。
