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秋の空気が少し冷え始めた党本部に拍手が渦巻いた。2025年10月4日 14:58、自民党総裁選は高市早苗氏の当選で幕を閉じた。かつて金融緩和と積極財政を前面に掲げた「サナエノミクス」は、選挙戦を通じて「大胆な危機管理投資と成長投資」へ軸足を移したように映る。新総裁の言葉と政策をたどると、家計と産業を同時に底上げする「サナエノミクス2.0」の輪郭が浮かぶ。
投資で経済を押し上げる狙い
高市氏は9月19日、国会内で立候補を正式表明した。冒頭で「財政健全化は重要」と前置きしつつも、物価や地政学の波に晒される現実を示し、「成長投資で強い経済を実現する」と語った。掲げた看板は「大胆な危機管理投資と成長投資」。危機対応のインフラや医療体制、サプライチェーンに厚みを持たせる一方、次世代半導体やGX・DX、人への投資で成長の土台を固めるという流れである。
「世界の潮流は、行き過ぎた緊縮ではない」。表明の場で高市氏は、官と民が連携し社会課題を解く投資へ資金を振り向けるべきだと強調した。財政規律を失わずに、リスクを恐れずに資本を動かす。その言い回しは、過去のスローガンの熱量を残しながらも、政策の射程を広げた印象を与える。防災・減災や健康医療、食料と安全保障を同じ地平で捉える発想がにじむ。
9月24日の日本記者クラブ討論会では、金融運営への踏み込みは抑えた。「財政も金融も方向性は政府が決めるが、金融政策の手段は日銀が決めるべき」との発言が象徴的だ。かつての強い緩和論から、役割分担を意識した調整の語り口へ。選挙戦の語彙は、投資の優先順位と実装プロセスに重心を移しつつあるとみられる。
家計と企業の支え方
家計対策では、消費減税の主張を取り下げ、給付付き税額控除の制度設計に着手する方針を打ち出した。低所得層や子育て世帯への再分配を狙い、働くインセンティブを損なわない設計に重きを置く構えだ。24日の討論会では、野党が求める「年収の壁」引き上げに賛同を表明し、与野党が接点を見いだす可能性も示した。家計の可処分所得を底上げする複線が見える。
「健康医療安全保障」も柱に据えた。名古屋での演説では、秋の臨時国会で補正予算を編成し、診療報酬については過去2年分の人件費や物価高を反映して前倒しで引き上げると語った。介護報酬も本来の2027年改定を待たずに見直す考えを示した。現時点で確認されている範囲では、財源や具体の改定率は未提示だが、公的価格の機動的な調整で現場の人材流出を防ぐ狙いが透ける。
食料安全保障では、今後5年で農業の構造転換に投資を集中させると訴えた。単なる転作支援ではなく、現行の生産活動を太くする方向へ資金を振るという。農地の大規模化や機械化、データ活用の拡大を通じて、輸入リスクと人手不足の同時解消を図る発想だ。投資の規模感については「いま考えられている金額よりもぐっと大きく」と強調しており、政策パッケージの厚みが焦点となる。
金利と産業支援、そして市場
金利観の語り口も変化がある。前回の総裁選で利上げを「早すぎる」と強くけん制したのに対し、今回は過激な表現を封印した。他方で、赤字国債の発行については「将来世代への最大のツケは借金ではなく成長の喪失だ」として、景気循環を跨ぐ戦略投資の必要性を強調した。財政と金融の役割分担を前提に、成長期待を先に立てる構図が見える。
地域色を帯びた産業支援も打ち出した。9月26日の名古屋の演説会では、自動車関連産業を守り抜くと宣言し、米国関税の影響が深刻化した場合には「ゼロゼロ融資」の活用拡大に加え、国内の購入喚起策を検討すると述べた。具体例として、自動車税環境性能割の2年間の停止に言及した場面もある。制度上は地方税であり、法改正や補填の設計が前提となるため、実務の擦り合わせが要るとみられる。
市場はどう受け止めるか。積極財政と投資拡大のイメージが先行すれば、短期的には円安・株高の組み合わせが進むとの見立てもある。一方で、昨年に比べ物価環境は重く、家計の実質所得の回復が遅れる局面も続く。高市氏が財政を吹かせつつ、物価安定を損なわない範囲で金利をやや高めに誘導する政策ミックスを選ぶ余地も残る。サナエノミクス2.0は、投資の量と順序、そして制度実装の速度で評価が定まると映る。
