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奄美大島の沖合で、海の底へ細い管のような影が静かに延びていったという。2025年10月2日、第10管区海上保安本部（鹿児島）が、日本の排他的経済水域で中国の海洋調査船による動きを確認したと発表した。9月30日から3日連続の確認で、海保は巡視船から無線で中止を要求した。資源や海底地形の把握が競うように進む中、EEZの線引きと運用の現実が、島の目の前で改めて問われていると映る。
奄美沖で何が起きていたのか
最初の動きが捉えられたのは2025年9月30日である。第10管区の巡視船が奄美大島の沖合を監視中、中国の海洋調査船が船体後方から管状の物体を海中へ延ばす様子を視認した。現場は日本の排他的経済水域内とされ、同様の行動は10月1日、2日と連続して確認された。海況は比較的落ち着いていたとみられ、船は等速で針路を保ちながら作業を継続していたという描写が浮かぶ。
海保は無線で中止と退去を求めた。中止要求は、現場の安全確保と、我が国の権利の明確化を意図した措置である。調査船側からの応答や装置の具体的名称は現時点で確認されている範囲では明らかでないが、船尾から延ばされた「管状の物」は、海底音響や地質計測、採水などの装置と接続するケーブルである可能性がある。海面に曳航用の浮標が見える場面もあったとみられる。
3日連続の確認は、単発の通過ではなく、特定海域に意図を持ってアプローチしていることを物語る。偶然の航路選択か、それとも計画的な測線の敷設か。現場で巡視船の放つ警告音は短く鋭く、島に吹く東風の下で遠くかすんだ。黒潮が流れを速める海で、計測装置は水深と流速の変化に応じて大きく弧を描く。安全と権利、双方の境界に緊張が広がっている。
EEZのルールと「同意なき調査」
日本の排他的経済水域では、資源の探査や海洋科学調査には沿岸国の同意が求められるのが国際海洋法の骨格である。沿岸国は資源・環境保全の観点から調査内容の事前把握と管理を行う立場にある。日本政府は従来、無通告または同意なしの外国調査活動を確認した場合、関係省庁が連携して注意喚起と是正を求める運用をとってきた。海上保安庁は巡視船や航空機を投入し、現場での無線警告や記録取得を重ねるのが通例である。
国土交通行政の白書は、東シナ海など日本周辺のEEZで、外国の海洋調査船による事前同意のない活動が確認されてきた現実を記し、状況に応じた警戒監視と適切な対応を続けていると説明する。今回の奄美沖の事案も、その枠組みの延長線上に位置づけられるとみられる。海保が「中止を要求した」と公表したのは、国際法と国内の運用の両面で、沿岸国の意思表示を示す意味合いが強い。
一方で、EEZは領海とは異なり、すべての外国船舶の航行の自由そのものを否定しない。航行と調査の境目が装置の投入や採取行為にあるが、現場での識別は容易ではない。ケーブルやパイプのような器材が海中に延びたとき、それが計測か敷設か、研究か資源探査かは、運用者の説明と事前手続きの有無が鍵になる。だからこそ、海保は繰り返し無線で意図の確認と中止要求を重ねるのである。
連日確認の背景と、島に残る手触り
近年、南西諸島の周辺海域では海洋調査船の活動が目立つ。5月には沖縄周辺で中国の調査船の乗組員救助に海保が対応した事案もあり、対峙だけでなく人命救助の局面でも現場は交差している。今回の奄美沖の動きは、こうした活動の連続性の中に置くと、地理的・時間的に面が広がる。測線が海図上に重なるにつれ、海底の輪郭が鮮明になる一方で、沿岸国の同意という条件がいっそう重みを増すと映る。
3日間という長さは、海況待ちや機器試験の繰り返しとも読み取れるが、周到な計画性もにじむ。誰に有利な動きなのか。資源、学術、戦略、複数の思惑が交錯するのがEEZの現実だ。奄美の港では、出漁準備の合間に「今日はどっちへ出るか」と海況表をのぞき込む漁師の姿がある。海底に延びる一本の線は、生活の線とも重なる。測る自由と守る責任、その接点をどう運ぶかが問われている。
第10管区が中止を求めたのは10月2日である。初動からの情報公開は一定の速度で進んでいるが、装置の種類や作業水域の詳細、相手方の応答の有無など、解像度を上げるべき点は残る。政府内の連携や外交ルートでのやりとりが続くかどうかも注視点だ。現時点で確認されている範囲では、海保は現場の緊張を高めすぎないように通信と監視を継続しており、島の海は静かなうねりの下で次の一手を待っている。
