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国連の人権機関が、ミャンマーで12月28日から始まる総選挙を前に、軍政による有権者への圧力と監視の強化に強い懸念を示した。電子式投票とAIを組み合わせた仕組みが、反対派の特定や報復に使われかねないと指摘している。投票という行為そのものが監視の網に絡め取られつつあるなか、市民の「選ばない自由」はどこまで守られるのかが問われている。
市民が感じる圧力と恐怖
国連欧州本部で説明に立った人権担当者は、各地で軍が住民に投票を迫っていると明らかにした。ロイター通信などの報道では、紛争地の村人が軍主導の電子投票機の講習会に半ば強制的に参加させられ、その後に反政府武装勢力から「投票するな」と警告を受ける事例も報じられている。家にとどまっても投票所に向かっても危険という板挟みが、日常の不安を一段と強めている。
故郷を追われた国内避難民にも重荷がのしかかる。国連によれば、一部の地域では、軍が選挙のために人びとへ「村に戻れ」と命じている。治安が安定しない場所に再び足を踏み入れれば、生活再建のために築いてきた仕事や教育の機会が途切れかねない。避難生活のささやかな安定さえ、政治日程によって脅かされている。
選挙に異議を唱えた若者への処遇も重い。国連は、弾丸の刺さった投票箱を描いたポスターを掲示しただけで、3人の若者が49年の刑を宣告されたと明らかにした。こうした極端な量刑は、街頭での抗議だけでなく、オンラインで意見を述べることさえためらわせる。監視と処罰への恐れが、市民の沈黙を生み出している。
軍政が求める正当性と国際社会の警戒
一方で軍政は、この選挙を「平和への道筋」と位置づけ、危機収束の証しとして国内外にアピールしている。だが国連人権高等弁務官事務所は、暴力と脅しが続く環境では、投票は民主化どころか抑圧と不安定を深めるだけだと警告する。2021年のクーデターで民選政府を追放した当事者が、自ら設計した選挙で正当性を得ようとしている構図だ。
主要な政党の多くや少数民族の代表は、そもそも選挙プロセスから排除されている。数万人規模の政治犯や活動家がいまも拘束されるなかで、有権者に提示されるのは軍に近い勢力ばかりという地域も少なくないとされる。候補者の顔ぶれが絞り込まれた選挙は、形式的には投票でも、実質的には「賛成か黙認か」を迫る住民投票に近い。
それでも一部の国や企業にとっては、選挙の実施が「情勢安定」のシグナルとして映りかねない。経済関係の維持や難民対策を理由に、軍政を既成事実として受け入れる圧力が強まる可能性もある。国連は、そうした早すぎる「正常化」が、市民よりも統治者の利益を優先する結果にならないかを注視している。
監視技術と選挙の未来に残る問い
今回懸念が集まるのは、電子投票と監視技術の組み合わせだ。国連の担当者は、全国で電子投票機のみが使われ、紙の投票用紙は用意されないと説明する。ロイターやChannel NewsAsiaによれば、機械の仕様上、白票や無効票を選べず、必ず候補者のいずれかを押さなければならないという。さらにAIと生体認証を用いた監視網が整えば、「誰がどの候補に投票したか」が当局に把握されるのではないかという恐れが広がる。
監視技術は本来、治安維持や行政サービスの効率化の名目で導入されることが多いが、一度選挙と結びつくと、政治的少数派をあぶり出す道具にもなりうる。世界各地でデジタルIDや顔認証の活用を巡る議論が起きるなか、ミャンマーの事例は、技術の設計と運用次第で投票の秘密がいかに脆くなるかを示している。
投票箱の前に立つ一人一人が、監視の目を意識せずに自分の意思を示せるのか。監視と恐怖のもとで進む今回の選挙は、結果の数字以上に、市民社会に残る傷の深さを世界に問いかけている。
